「僕? 書道、下手なんです」と笑って話してくれたのは、筆メーカー「晃祐堂」の土屋武美社長。結婚を機に晃祐堂の会社を経営するようになり、今年で18年を迎える。2004 年から化粧筆事業にも参入。これが功を奏し、2017年の売り上げは9億円を超えた。「熊野筆の認知は日本はもちろん、世界にも広がりつつあります。これは本当に嬉しい。でも、僕たちは現状に満足することなく、もっともっと熊野筆の良さを皆さんに発信していかなければならないと思っています」と語る言葉は力強い。
「意外なことなのですが」と静かに語る土屋社長の話。それは、伝統工芸に携わるヒト・コトにありがちな悩みでもあった。「熊野筆の歴史と技術は世界に誇れるモノだと自負していますし、先代が築いた筆づくりの技法は後世にも受け継いでいかなければならない“文化”であると感じています。その一方で、この伝統にどっぷりはまってしまい、身動きがとれなくなっている現状もあるのです」と土屋社長。
「伝統と格式を守りながら、熊野筆の良さをアピールする方法はないか」と模索していた土屋社長は、ひとつの答えに行き着きます。それは、「筆は筆。筆の良さをアピールしよう」というシンプルな答え。
「熊野筆の良さって何かというと、やはり使い心地の良さ、つまり筆技術なんですよね。乱暴な言い方ですが、その技術が生かされるところだったら、どこでも良い(笑)。結果は必ずついてくると思っていましたから」。かなり強気の発言、勝算はあったのでしょうか?
「勝算?いや、無いですよ(笑)。でも、うちの工房にも伝統工芸士が何人かいるのですが、彼らの技術は本当に素晴らしいんです。彼らの技術を埋もらせてなるものか!と思うんですよ」。