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顔の見えにくい時代だ。そう思う。匿名で好きなように語り合うネット上の文字人格。自分の顔をいつでも美しく盛ってくれる写真アプリ。素顔の自分は出さず、何層もの分厚いフィルターをかけてこれ見よがしに見せ合う人々。
AIによる街のロボット化は加速し、街から顔がどんどん消えている。切符を切る駅員の不機嫌な顔も、駐車場のやる気のない管理人の顔も、もうずっと前に消えた。ホテルの精算も店の支払いも、ただ機械の前に立つだけでいい。そこにあるのは認証モニターに映る自分の顔だけだ。
そして生まれつきの顔ですら簡単に整形し、同じ顔の美人が街にあふれだす。だからこそどこまでも人の素顔を暴こうと躍起になる人たち。疑心暗鬼が蔓延し、人々の行動を全て監視カメラとIDで管理する社会システム。それは5Gでさらに加速する。
そんな顔の見えにくい時代に生きている。
トム・フォードが2017年に限定リリースした香水がある。この香水ボトルにも顔がない。なぜならこの香水の名前の一部が、日本入荷の際に赤線で消されたからだ。この香水の正式名称はファッキン・ファビュラス。Fから始まるアレだ。ドキリとするネーミングだが、アメリカではveryの代わりにf**kingという言葉は普通に使われる。日本でも「クッ○可愛い」などと女性が話す時代だ。その程度のラフな言葉。だが、その言葉が消された形でリリースされたことで、日本ではかえって話題になった。
マットな黒ボトルは完全遮光で中のジュースが見えない。これまでのゴールドステッカーやメタルプレートも廃した徹底ぶり。そこにきての扇情的かつ挑発的なネーミング。赤線で消された文字のいわくとは?「トム・フォード、一体どうしたの??」そんな噂が飛び交い、この香水を試したい、入手したいというマニアが騒然となったことでも有名だ。ではそんなファッキンファビュラス、いったいどんな香りなのか?
黒のスプレーノズルから噴射する。一瞬のグリーンアロマ、すぐに広がるマイルドなラベンダーの嵐。ラベンダーはこれまでメンズのフゼア系香水に多用されてきた香料で、暗さとツンとくる清涼感が持ち味だ。いわゆる精油のラベンダーのイメージ。ただ、ファビュラスのトップのラベンダーは、セージの乾いたハーバルと、とてもかぐわしいクリーミーな香料によってエッジを落とされ、カシミアのようになめらかになっている。このクリーミーな香りが最も強く主張してくる。まろやかで高級なスエードレザーの雰囲気。おそらくレザー系香料とカシミアムスクのブレンドによるアコードだろう。とても品がよく、色で言うならトム・フォードが好むベージュより淡いヌーディーカラーの色彩。
草原にそよぐグリーンな風、ラベンダー紫のシャープなアロマ、牧場にはクリームで手入れしたばかりの革の匂いがそこはかとなく漂っている。そんな風情のブレンド。
むろんトム・フォードがそんな田舎の牧場風景を思い描いたわけではない。それらの香料が全体で1つの香りとなって柔らかく穏やかにしっとりと広がってくる。全体の香調はレザー系だなと感じるけれど、その強さもスモーキーさも微塵も見せない。この透明感あるふんわりした甘みすら感じるレザーは、鳥の羽のごとく軽やかで人を魅了する。現に自分の周りの自称香水嫌いな方々でさえ「この香りなに?すごく高級な感じがする」とシャージュを追いかけたほどだ。
ただ、トムフォードのプライベートブレンドは概して価格が高すぎるが、この作品は特に高い。50mlで税込み4万円ほどなり、価格が超ファッキンだ。(←これが一番言いたい)付けてから7〜8時間ほどは香り続けるが、その間、ほぼ香りが変化しないので、比較的飽きやすいという点も否めない。このあたりをどう判断するかだろう。
ファッキンファビュラスは、まろやかなレザーの香りにほんのりトンカビーンの甘さを添えて、ずっと同じ顔でたたずんでいる香水だ。刺激的なネーミングとは裏腹に、しっとりとしてなめらかで、心まで柔らかくなりそうな香りだ。この香りはありそうでなかなかない。近いテイストでシャネルのジャージーの骨格がうかがえるが、ジャージー以上に軽く、それでいて香りはしっかりと爪痕を残し続ける。間違いなく、この香りにはひと嗅ぎでそれと分かるしっかりした「顔」がある。
顔の見えにくい時代に刺激的なネーミング。さらに日本では顔の一部を消した秘密めいたボトルでリリース。トム・フォードはやはり稀代の天才デザイナーだと思う。時代の空気感を彼自身の美学でもって作品に落とし込むセンスは、まさに映画「プラダを着た悪魔」で唯一ミランダを微笑ませた超一流なのだろう。
顔の見えない時代。顔が消されたボトル。顔のある香り。
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