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オンザビーチ。直訳なら「浜辺で」。ただそれよりは少し情感を持たせて「渚にて」と読みたい香り。
「渚(なぎさ)」は美しい日本語だ。同じ意味で「汀(みぎわ)」という言葉もある。どちらも「水際」という意味合いから生まれた言葉だ。それは陸と海の境目、「狭間」を表している。
オンザビーチは、2021年にリリースされたルイ・ヴィトンのパルファン・ド・コローニュの最新作、5番目の香りだ。100mlで38500円(税別)。
調香を手掛けたジャック・キャヴァリエは、この作品でカリフォルニアのマリブビーチをイメージしたと語っている。だが、今回使われたキー香料は、日本独自の柑橘でおなじみの「ゆず」。さらにラストにはヒノキまで使っている。
なぜアメリカ西海岸の香りを創るのに、日本独特の香料を用いたのだろう?これはどういうことなのか?
その答えを香りから勝手に探ってみる。
オンザビーチをスプレーする。その瞬間、黄色いシトラスの爽やかな香りに包まれる。まず感じられるのは、突き抜けるレモンと甘いマンダリンの香り。数秒後にグレープフルーツのアルベド(白い綿)の苦味とベルガモットのコクのある香りも出てくる。さらに、その下からとてもかぐわしいグリーンなシトラスが広がる。ブランドによると、これがゆずの香りだ。
ゆずは奈良時代から日本にある酸味の強い果実で、独特の香気をもっている。グリーン感が強い酸味と苦みのある黄色い果実といった感じで、最近ではそのゆず独特の香気成分が、ユズノンという微量な油脂による物と確認されている。オンザビーチのトップは、さまざまなシトラスミックスがスプラッシュし、最後にこの黄色いゆずの確かな存在が感じられる。それは朝の黄色い太陽のような香りだ。
朝の渚といえば、自分はスピッツの「渚」の透明感あるメロディーが自然に思い浮かぶ。このトップは太平洋に昇る朝日のような爽やかさに満ちている。
やがて5分ほどすると、下からほんのりフローラル香がしてくる。クレジットにはチュニジア産ネロリとあるが、ローズマリーなどのハーブ香が先に感じられるせいか、あまりネロリという感じがしない。どちらかというとビターオレンジの枝葉の香りであるプチグレンをほんのり効かせたといった印象。このグリーンなゆず香がミドルの核となって香り続ける。それでも印象はとても黄色い。今回のボトルはオレンジグラデだが、香りはかなりイエローシトラスだと思う。
面白いのは、このグリーンで苦みのあるゆずミドルがかなり続くこと。ネロリにもピンからキリまであるが、高音でキンと香るタイプを使用しているかもしれないと思う。
つけて1時間ほどすると、徐々に音階は下がってくる。土っぽい香りとシダーライクなウッディが出てきて、全体が落ち着いた雰囲気になってくる。ゆず香も消えて、わずかなグリーンハーブとネロリのほの甘さを残して、ウッディで終息する。持続時間は自分の肌で2〜3時間。
ラストは、オレンジの夕焼け空を眺めながら歩く濡れた砂浜の雰囲気だ。サンセットタイム。あたりの明度が下がり、海も暗くなり始める。波の音が静かに響き、空はオレンジとピンクのグラデカラーに変わってゆくような風景。そんな風景にシンクロするのは、クリス・レアのど渋い声が印象的な「オンザビーチ」。同じ渚の歌でも、スピッツのそれとはとても対照的なAORの名曲だ。
あ。もしかしたら
トップはスピッツの「渚」のイメージ。朝焼けの赤。日本の東から陽が昇り、ゆず色に輝き始める。そしてミドル〜ラストは、クリス・レアの「オンザビーチ」のイメージ。夕暮れのオレンジの海。アメリカ西海岸に陽が沈む。洋の東西、その間を動く太陽…。
調べたところ、ジャックは「東西のつながり」を意識してこの作品を作ったようだ。なるほど。1日は日付変更線の関係上、日本の太平洋側に陽が昇って始まり、最後はアメリカ西海岸に陽が沈んで終わる。ジャックが住むフランスはその狭間に位置する。東と西の狭間。このオンザビーチは、フランスから見て東にある日本の朝から始まり、西にあるアメリカに日が沈むまでの太陽の動き、その1日のビーチの香りを思い描いたのではないか。
いや単にオリンピックイヤーだから日本の香料を取り合わせたのだろう。そんな意見もあろうとは思う(笑)
日は昇り、日は沈む。陸と海の境目、渚にて。そこはもしかしたら此岸と彼岸の狭間でもあるのかも知れない。
渚という漢字を分解すると、「水」と「土」と「ノ」と「日」に分かれる。「ノ」は流木などの木の枝を表す。つまり渚はその4つの要素でできていて、それら全ての香りがするのだろう。
それは海と砂と流木と、東から西へ旅する太陽の香り。オンザビーチ。
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