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クチコミ
「お飲み物はいかがなさいますか?」高級ホテルのバーカウンター、バーテンの問いかけにその男は答えた。
「ウォッカ・マティーニを。ステアせずシェイクで。」
テーブルでそれを聞いた男たちが一瞬振り向いて互いに目くばせした。『おいおい、聞いたか?マティーニの飲み方も知らない奴がいるぜ』そう鼻で笑うまで3秒。その3秒で勝負は決まった。マティーニ・シェイクを頼んだ男は、ターゲットの男たちの懐にすっと入りこみ、警戒心を和らげることに成功した。
ターゲットに背中を向けてマティーニ・シェイクをすする男。その名はボンド。ジェームズ・ボンド。彼は英国秘密情報部(MI6)の工作員。コードネームは007。任務遂行中に人の命を奪っても不問とされる許可ナンバー、「00(ダブルオー)」のライセンスをもつ男。
わざと背中を丸めてグラスを傾けるボンドのスーツの袖口から、柔らかな香りが立ちのぼり、ウォッカ・マティーニの冷たい味にほのかな色を添える。その香りはフローリスのNo89オードトワレだ。
フローリスは1730年に理髪店として英国に開業し、後に英国王室御用達香水商としてロイヤルワラントを授かった老舗パフューマリーだ。英国ではペンハリガン以上に人気、知名度ともに高いが、日本では近年取り扱うようになったためか、まだまだ認知度が低いブランド。中でもNo89は、メンズラインを代表するシトラス・ウッディの傑作として長年著名人に愛されてきた。007でおなじみ、ジェームズ・ボンドが愛用する香りとしてもつとに有名だ。
No89というネーミングは、地中海のメノルカ島出身の創設者ジュアン・ファメニアス・フローリスが、ジャーミン・ストリート89番地に最初の理髪店を開業したことに由来する。ドイツで「ケルンの水」が誕生した場所に4711という番地が刻印されていた逸話を彷彿させる。ブランドにとって最も大切な番号を冠した香りということだろう。
No89をスプレーすると、まずはじめに広がるのはイタリアのシトラスコロンを思わせるようなフレッシュなレモンやベルガモットの爽やかな香りだ。伝統的なオーデコロンのオープニング。そのシトラスミックスの下から同時に感じられるのは、ラベンダーのシャープなアロマ、そして柔らかなネロリの香り。まさに古典的で清々しい雰囲気。
5分ほどすると香りはラベンダーの上にフローラルが感じられるようになってくる。ゼラニウムやローズが出ている感じで、ラベンダーのシャープな感じやグリーンな感じにまろやかなフローラル香が重なってくる。ラベンダーの男性っぽさが強いせいか、女性からは「トニックっぽい」と捉えられやすいミドル。乾いたスパイスも感じられるものの、はっきりはしない。クレジットによるとナツメグのようだ。
トップ〜ミドルは、まさに古典的、王道なオーデコロンといった展開。それもそのはず。この香りが創られたのは1951年だという。今をさかのぼること67年前。それ以前からもこの手の香りは本当に数多くあるので目新しさはない。ところが。
このNo89はミドル〜ラストが秀逸。フローラルミックスの華やかさが薄れたあと、No89は甘くパウダリーな余韻を魅せ始める。付けて1時間ほどでほんのりワックスローズの残香を伴った優しい香りに変わったことに気付く。クレジットを見るとラストはシダーウッド、オークモス、サンダルウッドとなっているが、そのどれでもない。一番近いのはローズと甘い感じのムスクだ。ややフルーティーでパウダリーに傾く系統のムスク香になる。このムスクがとてもしっとりしたフェミニン香で心安らぐ。
してみると、トップのシトラスで颯爽と登場し、ミドルのフローラルで華麗な活躍を見せ、ラストはボンドガールとの熱い抱擁で女性の残り香に包まれるといった、まさに007映画の展開のような香り。とはいえ、この手の香りはどのブランドからも出ている点、さらには50mlで1万円程度の値段を考えれば、あえてこれをセレクトする意味は微妙。ただ、くせがない分、男性へのプレゼントには喜ばれるだろう。007愛用の香りという逸話もポイントは高い。
秘密工作員でありながら、派手なアクションで銃撃戦を行い、組織や国家の陰謀に一人で立ち向かうその姿は、まさに稀代のヒーローと呼ぶにふさわしい。どんな困難にもめげず、ギリギリのカーチェイスを繰り広げ、女性スパイとの駆け引きや恋愛も楽しむまさにタフガイ。
そんなジェームズ・ボンドのモデルは、原作者であるイアン・フレミング本人だったという。MI6に勤務し、ウォッカ・マティーニを好み、そしてフローリスNo89を愛した男。
フローリスのNo89は、そんなイアン・フレミングが惚れ込んだ本物の男のための香りだ。
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フローリス(FLORIS)について
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