それは夢みるメイク。 って何よ、って話ですね。
これです。
オーギュスト・ロダン作『眠り』
タイトルのごとく小さな手を頬に添えてうっとりと眠る少女。
真っ白な大理石であるのに、なぜか色彩がついているように思えるのが不思議ですね。
少女のみずみずしい頬、少しだけ開いた無防備なくちびる。
わたしにはどちらも甘いピンク色に染められているように見えるのです。
これが夢みるメイク。
してみたいなあって思って、ゲランカウンターに足を運んだのです。
前回見るだけで、わ!と思っていた ルージュ ジェ #71 ガーリー。
その名の通り本当にガーリーなピンクなのですが、スティックでみると、ちょっと蛍光がかっているような鮮やかさで、お目当てのものだったのに怖気づいてしまい(笑)手にとっただけでタッチアップはせず。
手に取った時に、BAさんにも「のうまさんのお肌だと明るくなりすぎるかも」と言われ、そうですよね、と思いました。
してみたい夢みるピンク。わたしには似合わないと思うんです。
だからこそ、してみたいというか。憧れなんですね。
正直、お人形さんのようなドーリーメイクをされている方なんてとても憧れます。
甘い甘いメイク、というのが、なぜかひょいっとできない。嫌な書き方に思われるかもしれませんが「かわいい」を全面に出したメイクというのが照れちゃってできないのです。
だからこそ、憧れるというか。
そうした方を見ると、かわいい!イイネ!と思うわけなんです。
なんで照れちゃうのか。
「かわいい、無垢、幼い、無防備、愛らしい」。どれも少女というのにふさわしい言葉。
若さ、というのかな、これを出すのが照れるのかもしれません。
もともと童顔で、ゲランのBAさんにも年齢言って驚かれたり、美術館のチケット窓口で学生料金を言われたり、おばさまの店員さんはなぜかタメ口で話してくれたり(これは子ども扱いなだけですね)なわけで、この子ども扱いというような、若さには、若さ=成熟していない、の方式も(あくまでもたくさんの方式の中のひとつで)あって、それをメイクによって見せることへの照れ、かもしれませんね。
けっして「そういうメイクをすることが恥ずかしい」というわけではありませんよ。
成熟していない美しさには惹かれるけれど、成熟していないからこその扱い、というのはあるわけなんです。少し話がズレましたが、この「成熟していない美しさ」。これにロダンは惹かれたのかな、と思います。
前述のロダン作『眠り』。
これは、彼の愛弟子カミーユ・クローデルがモデルになっています。
成熟された大人の女性方は、ははーんとお思いでしょうか。そうです。カミーユはロダンの愛人でありました。
写真はなぜかアンニュイな表情で、少女らしい儚げなところがありますね。
それも含めて美しい女性だと思います。ロダンが出会った時、彼女は19歳でした。
その時ロダンは41歳。ローズという内縁の妻がおりました。
それにも関わらずロダンとカミーユはひと目憚らず愛し合い、美術界だけではなく、パリの一大スキャンダルとなりました。
もちろん妻のローズは知っていたでしょうね。
夫は若い女性を愛し、その愛の証のような彫像を発表していること。
ロダン作『接吻』
そのうえ彼女は内助の功で、ロダンの彫像を一人で管理していました。
日本の彫刻家がロダンに会いたいと家に訪れると、ローズが優しくもてなしてくれたというエピソードも残っています。
ここまで読んで、
おいおい、ロダンさん、と、思いますよね。
結局ロダンはカミーユを選ばず、カミーユが去る形でふたりは別れたのでした。
15年の不在を経て、ロダンはローズの元へと帰りました。「ただいま」という夫に対し、彼女はただ「おかえりなさい」と言ったのだとか。
そして24歳で出会って十数年後、ロダンは妻ローズと結婚式を挙げたのでした。
教会の真ん中に座っている老夫婦、その後ろに集まった村の人たちとの写真が残っています。
結婚式からわずか二週間ほどして、ローズは亡くなり、その後ロダンも亡くなりました。
カミーユはロダンとの破局後、精神病院へ入り、そこで息をひきとっています。
なんだか最後を書いてしまうと、あまりにも悲しい結末に思えますが、
その一瞬の美、一瞬の官能、その時を止めてしまったかのようなロダンの彫像はそこから生まれていたのかもしれませんね。
最後に、愛人のカミーユをモデルにあんなにも愛らしい存在として作品に投影させていたロダンですが、実は妻のローズをモデルとした彫像も残っています。
これが、見た時には、あまりにもひどい、と思ってしまったのです。
(作品を検索しましたが、残念ながら見つかりませんでした)
ロダンが彫ったローズの顔は、まさに家を守っている女主人、そんな言葉がぴったりの顔でした。ほつれたような髪を束ね、頬やまぶたは重力にさからわず、しかし目だけはしっかりと前を見据えている。
カミーユは妖精のようなのに、ローズはこんな、おばさん、みたいに彫って、あんまりだ、と、思っていたのですが、いま思うと、ローズの方がなんだか、いいんですよね。
そう、まさにカミーユは妖精だった。ロダンにとって。作品も、愛らしいけれど、カミーユへの愛情はあまり感じられない。カミーユを通して作品が生まれてはいたのだけれど、カミーユへの愛から作品が生まれたとは思えない。
妖精に対して、ローズは「老い」を知っている。生身の人間だった。
ロダンにとって母であり、妻であったのですね。
ローズは老いてはいたけれど、「成熟した女性」だったのでしょうね。
だからこそロダンは最晩年に、妻と結婚式を挙げたのだと思います。
「成熟していない美しさ」もあり、「成熟した美しさ」もある。
女性の美は多様なり。
夢みるメイクは春のお楽しみにしようかな、と思います。ピンクよ集まれ~♪
今回もひさしぶりだった上に、とんでもなく長くなってしまいました。。。;
のうまさん
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nm73さん
のうまさん
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