皆様、どこかへお出かけのご予定は立てられましたでしょうか。
こんにちは。
本日は”読書の秋”にちなんで、一筋縄ではいかない、ある小説をご紹介したいと思います。
「話の終わり」(リディア・デイヴィス著・岸本佐知子訳/作品社)

まずは著者であるリディア・デイヴィスのご紹介を。
1947年マサチューセッツ州生まれ。数々の文学賞を受賞している寡作な女性作家です。
日本では代表作である短編集「ほとんど記憶のない女」(白水社)が出版されています。
またフランス文学の翻訳家としても知られ、最近ではマルセル・プルーストの新訳も手がけ、フランス政府より芸術文化勲章シュヴァリエを授与されました。
そして、続けて訳者の岸本佐知子さんをご紹介いたします。
1960年生まれ。
「岸本佐知子さんの訳なら間違いない!」と、外国文学好きにはブランドのような安心感と安定感をもった翻訳家です。
さらに翻訳にとどまらず、独特な語り口調で紡がれるエッセイも、とても人気です。
そんな無敵なおふたりがタッグが組んだ二つ目の小説が、「話のおわり」なのです。
主人公は三十代半ばの女。
赴任してきた新たな町で年下の男に惹かれ、その日のうちに恋人同士となります。
すぐにふたりは同棲しますが、次第に雲行きが怪しくなり、苦い結末が訪れます。
一見よくありがちな恋愛小説…?
いえ、この作品の持つ強い磁力は、この後、放たれるのです。
実はこの小説、何人もの〈私〉が登場するのです。
小説の中で実際に恋愛を体験する
〈私〉と、それについて語っている〈私〉、
そしてなんと、その小説を書いている〈私〉、さらにはそこ枠組の外にいる〈私〉ーーーこの本の作者であるリディア・デイヴィス。
女は、男と別れ何年も経ってから、恋愛を部始終を再現しようと、小説を書いているのです。
女が、記憶をたどり、ときに過去を歪め、捏造しながらも書きすすめていく過程で、
読者である私たちも、その執筆活動と恋愛とを交互に追体験していくというカラクリなのです。
そして何故、彼女が過去の短い恋愛を小説に書こうとしたのか…
そこに、自分にも身に憶えのあるような、生身の人間の切実な祈りを感じて、少し胸が苦しくなりました。
まさにこの女の心と脳内をのぞくような、不思議な感覚におちいる読書体験なのです。
そのように構造は入り組んでいながらも、文体はとてわかりやすく平坦で、読みすすめやすいものとなっています。
特に、物語の終盤。
男に執着する女の行動の内容の痛々しさと、それを追う冷静な語り口のギャップに思わずにやりとしてしまうほどで、あくまでも口当たりはなめらかな作品です。
秋の夜長も本格化してまいります。
そのお供に、こんな不思議な小説はいかがでしょうか。
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