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No5の思い出

No5の思い出

初めての香水の記憶は、シャネルのNo5だ。

それは、今から40年以上前、母の鏡台の引き出しに安い国産化粧水とともに無造作に置かれ、けれどそこだけ異質な光を放っていた。
シャネルのNo5は、フランスの画壇で活躍していた叔父が一時帰国した際の母への手土産だった。俺は7歳で、叔父からのプレゼントを誰よりも楽しみにしていたが、もらった真ちゅう製のエッフェル塔の置物は、好奇心旺盛な7歳のマセガキにはあまりに渋すぎて、まさに塔から真っ逆さまに落とされたような衝撃とがっかり感に打ちひしがれていた。それだけに、母の鏡台の奥に収められた秘密の小箱は、日に日に俺の中で、好奇心の対象として気になる存在となっていった。

母はそんな俺の心の内を見透かしたように、やんわりとだが強い口調で、「あれは、高い物だし、こぼれると大変だから触っちゃだめよ」と、昭和時代によくありがちな禁止条例を唐突に発布した。しかし、天然由来のクソガキだった俺は、「うん、わかってる」と即答しつつ、耳には「あれは高い物だから、さわってこぼすと楽しいよ」としか聞こえていないのだった。当時の俺が一番嫌いだった昔話は「つるの恩返し」で、「『絶対見ないでください』と言われたら、絶対見るに決まってる」などと、自分の悪行の数々を心理学的アプローチから正当化するようなイヤなガキだった。この世で子どもの即答ほど信じていけないものはない。

「一体あの白くてカチっとした小箱には、何が入っているのだろう?」そう、そこに注がれた興味と関心はもはや、道端に捨てられた卑猥な本を目ざとく見つけたときの男子のそれと同様、あるいはそれ以上であったことを告白せねばなるまい←いいよ別に

という冗長なイントロの末に、ついに俺は、No5と出会ったのだった。初めてその小箱を開け、中からプラスティックの真っ白な箱を取り出し、その黒いラインで引き締められた箱の中から、透き通った宝石を思わせる小さなボトルを取り出したときの感慨は今もよく覚えている。

「今、俺は、何かとてもイケナイコトをしている。これこそ『禁じられた遊び』だ」頭の中には、そのメランコリックなギターのメロディーが無限ループしていたことは言うまでもない。

親のいないスキに、まるでルパン三世のように、俺は琥珀色の液体が揺れるそのボトルのふたに手をかけた。そして俺は、生まれて初めて香水という物にふれたのだった。

パーンと広がったそのえも言われぬ香り。いったいその香りが何なのか?なぜこんな小さな瓶の黄色い液体が宝物のように扱われるのか?あらゆる疑問が心を揺らした。そして、幼心に夢を見た。

遠く離れたフランスの女の人は、こんな香りがするんだ・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あれから40年以上がたっている。
そう考えただけで、自分もずいぶん年をとったものだと驚く。
結婚し、子どもに恵まれ、仕事と家事と育児に1日の全ての時間を費やし、夫婦そろってなりふりかまわず動いていた時期がいつの間にか終わり、少しゆったりとした時間が取れるようになった。昔から好きだった香水について、@コスメで見て楽しむようになったのは、そんな時期だ。そして今、老兵とは知りつつも、自分が好きだった香り、今なお探し続けているいい香りについて、冗長なレビューを書くようにもなった。いつまで続くかはわからないけれど。

始まりはNo5だった。いつもこの香りだけは、頭の中で反芻できるほど明確に輪郭を思い描くことができる。好きとか嫌いといったレベルでなく、心に沁みついている香りの1つ、それがNo5だ。今も折に触れてパルファムとトワレの香りをときどきそっと嗅ぐことがある。それは母の物ではなく、妻の鏡台の奥にしまってある物という違いはあれど。

それでも。
No5は、母の鏡台の三面鏡だ。自分自身をありとあらゆる角度から、いやというほど見せてくれる。そこには、ふだん自分が見ることのできない、できれば見たくない角度から見た自分が、永遠に続く合わせ鏡の迷宮に何人もたたずんでいる。

過去と未来と現在の自分を映し出す3枚の鏡。そのときどきに出会う香り。永遠の霊薬、No5。

@コスメ「シャネル No5 パルファム」doggyhonzawaクチコミ

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コメント(13件)

  • doggyhonzwaさん
    初めまして、こんにちは。
    突然の訪問失礼いたします。

    【CHANEL 5番】
    今は亡き母を思い出し
    懐かしく、切なく
    嬉しくなり…
    ブログを読ませて頂きました。
    幸せです。

    ありがとうございます。

    良い週末が過ごせそうです。

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    2020/6/13 11:43

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    みおmama姫さん、コメントありがとうございました。そして最近ではこちらのブログはやっていなかったので気付くのが遅くなってしまって大変すみませんでした。

    ココ・シャネル自身、母の愛を求めていた強い思いがあったようで、それは言葉でも行動でも魂の奥から発せられる無言の形をもって出ていたように思います。自分自身の思い出にも重なるのですが、「母の三面鏡」を開いて、そっと盗人のように嗅いだ美しいフランス香水の思い出は永遠に自分の中でも続いてゆくことでしょう。香りは記憶を呼び覚まし、そしてつむぎ続けますね。

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    2020/6/21 08:40
  • はじめまして^ ^口コミコメントから、こちらのページにお邪魔いたしました。
    数々のお話が素敵過ぎて…香水にまつわる小説を読ませて頂いてる気分です。
    ワイン片手に、夕飯作りながら…ですが、まるで外国のホテルのバーにでもいる気分に浸ってしまいました。
    いろんなお話、また読ませて頂きます。
    楽しみにしています。

    シャネル…売り場で試香しかした事ありませんが…今度、清水の舞台から飛び降りてみようかしらと思わせる、素敵な風景が広がります。

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    2018/10/8 19:30

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    過分なお言葉をいただき、恐縮しております。シャネルは、フレグランスに対する香料のこだわりがハンパではありません。服やバッグはなかなか高価ですが、香水に関してはとても良心的なプライスだと感じています。シャネルと気負わず、ぜひ何度もつけてみてください。その香りに包まれる自分が当たり前になったとき、その香りに似つかわしい自分の高め方もまた身に付いていくように感じます。自分もまだまだですが(;^ω^)

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    2018/10/15 07:18
  • 続)今でも寝香水の鉄板であり、ジーンズ&Tシャツor白シャツに合わせても使います。マリリン・モンロー効果によりグラマラス&エロティックなイメージがついてしまいましたが、そもそも「ロシアの早朝の湖」なイメージなので、どちらかというと「高級石鹸系」のクリーンな香り。永遠の香水アイコンの一つ。うむうむ。

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    2016/7/9 08:41

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    高級石鹸も、かなり5番を意識したものが70年代あたりから出ましたし、今ではどちらが先なのかもわかりませんね(笑)自分的には「世界で最も高価なベビーパウダー」が5番っぽいかなとも思っています。

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    2016/7/9 09:31
  • 5番は祖母の香り。ミツコは曾祖母の香り(棺桶にミツコ1本振りかけて旅立ちました)5番との出会いは6~7歳頃。祖母の鏡台に小~さな四角いガラス瓶の琥珀色の芳しきかほり。クンスカし過ぎて始めは「勿体ない!」と言われましたが、分捕ってしまいました(笑)今でもヴィンテージボトルが捨てられません。

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    2016/7/9 08:36

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    マッドさん、ありがとうございます。人それぞれ香りの思い出というものがあるのですね。特に5番は家族の香りの歴史の中にも比較的どこかで遭遇しやすい香りなのかも知れません。ロシアの湖のことについてもかなり調べましたが、エルネストが遠征していたときのことは、かなり詳しい書物を紐解かなければならないようです。

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    2016/7/9 09:29
  • いつかNO.5を・・と思う女性は多いと思います。お母様にとっても黄金色の液体のボトルは宝物だったのだと思います。・・余談ですが次の口コミは100件目ですね(^ ^)v 楽しみにしております♪

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    2016/6/29 16:03

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    @コスメには、宮部さんをはじめ、シャネルなどの香りがごく当たり前に似つかわしい、洗練された女性がたくさんいらっしゃるので、自分などはすみっこ暮らしの立場なのですが、男女問わず「よい香りに包まれる日常」は素敵だと思います。何気に次が100件目とお気づきくださり、ありがとうございます。(ハードル高!)

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    2016/6/29 22:35
  • 遅くにコメント失礼します。
    NO.5は心に沁みついた香りの1つ&お母様の香りなのですね。素敵で少し切ない記憶とdoggy様の心の揺れが垣間見える様な記事ですね。「シャネル」という名前は魔法の様だと思います。ファッション然りメイク物然りフレグランスも勿論。いつの時代にも女性達の憧れの象徴だと。

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    2016/6/29 15:57

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    宮部さん、いつもありがとうございます。残念ながら母は「私には必要ない」と宝をもちぐされていましたので、私がいじって遊んでいました(笑)ですから最初から私の香りでした(爆)とはいえ、あの当時、母の鏡台をいじることは、息子にしてはかなりの危険な遊びでもありましたので、今なお切ない琥珀色の思い出です。

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    2016/6/29 22:31
  • 様々なファッションの歴史やルーツを教えてくれたのは紛れも無い父でした。
    何かにハマるきっかけってやはり身内や親の影響が大きいですよねー。
    って自分語りばかりしてしまい申し訳ありません!
    シャネルは永遠のアイコンです!名香No5の似合う女になりたいです♪

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    2016/6/26 22:47

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    お父様か、お母様かに限らず、現在の自分はさまざまなものを見えない形で受け継いでいるのでしょうね。No5は母がつけてくれたベビーパウダーのように優しく包んでもくれるけれど、その香りにふれるたび「今のあなたはどうなの?」とチェックされているようにも感じる香りです。大丈夫。負けてませんよ(笑)

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    2016/6/26 22:58
  • 生ギターは私も好きで少し齧りました。禁じられた遊びだけは今も何となく思い出して弾ける感覚がありますが、いや、もう無理かな?(笑)
    私はドギーさんとは逆に母より父からの影響が大きかった変わった娘でした。
    私の父は今ちょい悪オヤジ=元祖エディスリマンみたいな男です。オムファッションのかっこよさを

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    2016/6/26 22:40

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    エディスリマン!ロックとファッションの最先端な方ですね。彼のいた頃のディオール・オムはほとんど持っています。自分もロックはDボウイをはじめ、ロンドンの影響をかなり受けていますが、ファッションとなると全然です。大人なかっこよさを語れるナイスなお父様のお話やスタイルから影響を受けられたんでしょうね。→

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    2016/6/26 22:53
  • お久しぶりです。No5を題材にした記事渋いですね!香水を付けない女に未来はない!のココの名言に焦ってNo5を付け始めた一人です笑。でも未だにこの香りだけは難易度高く難しいですね。叔母の影響もあり年を重ねた今はツイードジャケットやマトラッセのバッグなどでシャネルを楽しんでいます。

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    2016/6/26 22:32

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    Emirinさん、ありがとうございます。Emirinさんはスッキリしたシンプルな香りの方がお好きかなとも思いますが、No5が似合うお一人だと勝手に思っています。颯爽とした雰囲気もシャネルにお似合いです。自分は香りの1つとしてちょっとかいで楽しむ程度ですが、ご自分なりの使い方で楽しんでほしい香りです。

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    2016/6/26 22:43
  • と言っているのと同じですよね(笑)私にとってのNo.5はMモンローの逸話が最初の情報で、若き日に初めて試香したとき想像していたより可愛らしい香りだなぁという印象を持ちました。自分の香りではありませんが、香水を語る上で外すことができない名香であることには違いありませんよね。

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    2016/6/26 15:47

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    →白檀の香りの扇子なんて、粋だなあと思います。自分はたまたまNo5と出会いましたが、うちの母は「香水なんて必要ない」というスタンスのようでした。ですから自分がときどき使ってあげていたわけです(←自己弁護すんなよ)No5だけで何冊もの書籍が出るほどの逸品ですね。レビューにも気が引き締まりました。

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    2016/6/26 17:42
  • その思い出の香りは奥さまに引き継がれて
    そしてお子さまもその香りでお母様とか
    思い出してって言う風に引き継がれていく
    記憶の香りですね(^○^)

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    2016/6/26 10:47

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    RyanaRyanさん、ありがとうございます。この香りだけは「香水としての刷りこみ」がなされた初体験でしたので、恥ずかしながら誰も見たくもない過去をさらしてしまいました。RyanRyanさんに試してもらいたい香りがあれば、「あの香りだけは試さない方がいいですよ」とお伝えするといいかもですね(*^^)

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    2016/6/26 12:02
    一つの香りが、子どもに受け継がれ、また、すそ野を広げていくということは、すごく素敵なことですね。友人や恋人の心の中にもやき付けられている香り、たくさんあるでしょうね。自分はいろんな香りをあれこれ試しているけれど、いつか「これ一本で本当に満足」と呼べるようなマスターピースに出会いたい気もしています。

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    2016/6/26 17:35
  • 香り好きの方ってやはり幼いときの香りへの興味や体験があるんですね。私も母の鏡台にあった資生堂の「琴」や「禅」(古過ぎてご存じないかも)、プレスドパウダーの香り、夏場使っていた白檀の扇子の香り・・・等々今でも強烈に記憶に残っています。小さい子への「触っちゃだめよ」は、居ないときにこっそり触ってみなさい

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    2016/6/26 15:46

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    AtIiさん、いつもありがとうございます。確かに母の鏡台は、男の自分にとっては触ってはいけない聖域のような物で、その引き出しの奥は「あなたには関係のない物ばかりよ」と言いたげでしたので(←事実)、ついときどきいじってしまいました。ごめんなさい。琴や禅が置かれていたなんて素敵なお母様ですね。→つづく

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    2016/6/26 17:32
  • なんだか見てはいけないものを
    見てしまったような(^_^)
    私も子供の頃は見るなと言われたら
    見ちゃうという良い意味で自分に正直な子供でしたからお気持ちはとてもわかります。
    見るなといわれたら見たくなるのが人の気持ちですもん!
    そしてNo.5にたいしての長い間の思い出

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    2016/6/26 10:46

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