昨年までは、ラルチザンのタンブクトゥ、シャネルのシカモア、そして通年愛用しているルタンスのフェミニテ・ドゥ・ボアなどをよく使用していたけれど、今年の冬は、この香りの出番がとても多い。
バレードの「ジプシー・ウォーター」
バレードは、2006年、アーティストであるベン・ゴーラムが、スウェーデンのストックホルムで創立したフレグランスブランド。彼は、インド人の母とカナダ人の父のもとスウェーデンに生まれ、カナダのトロント、NY、そしてストックホルムなどで育ち、美術大学を卒業後、調香師との出会いをきっかけに香水業界に入った。だが、彼自身は香水については本格的に学んだ経験はないという。そこで、名調香師オリヴィア・ジャコベッティやジェローム・エピネットの協力を得ながら、彼自身のイマジン、アイデア、そして記憶にまつわる香りをクリエイトし続けている。中でも、このジプシー・ウォーターが、アメリカで大ヒットしたことにより、一躍アーティストやスタイリスト等を中心に注目されているブランドだ。
ジプシー・ウォーターは、そのエキゾティックなネーミングとは裏腹に、とても穏やかで、柔らかいサンダルウッドとヴァニラの香りで包んでくれる、シンプルながらバランスのよいオーデパルファンだ。

この香りに身を任せていると、とても落ち着いた優しい気持ちになれる。そして、自然の光や枯れた木々の枝の重なり、雲間からのぞく天使のはしごや、冷たい空気がほおをかすめていく一瞬など、そういった物がこれまで以上に美しく、いとおしく感じられてくる。自然にまっすぐ心が向いているような心地よさを味わえる。
「ジプシー」という言葉には、「求めてさすらう者」といった意味以上に、社会的に少なからず差別的な意味があって、特にヨーロッパでは、自身を「ロマ」と呼ぶ彼らが、移り住んだ各国の文化に同化せず、貧困や差別から生じるあらゆる社会問題を内包していて、異端者として眉をひそめられていることが多いようだ。

ロマの語源であるロマニ族は、もともと北インドから欧州へ移り住んだ人々であるから、母がインド人であるベン自身のルーツにも、そうしたことが絡んでいるのかも知れない。少なくとも、ルーマニアやアルバニアで迫害されたロマたちが、近年、北欧のスゥエーデンなどに移り住んでいることも合わせると、ストックホルム発の「ジプシー・ウォーター」というネーミングには、何か日本人には理解しがたい深い意味もこめられているように感じられる。
ともあれ、その香りは美しくそして温かく、まろやかだ。そして、この香りをつけるたび、ショーン・ペンが原作にほれこんで自ら製作した映画「イントゥ・ザ・ワイルド」を思い起こす。
「イントゥ・ザ・ワイルド」は、学歴もお金も、家族とのつながりも絶って、文字通り、ただ荒ぶる自然の中へと漂流していった、一人の若者の旅を描いた映画だ。

ロードムービーと言ってしまえば聞こえはいい。よくある若者のわがままな逃避行、後先考えない家出、と言ってしまえば、そうかも知れない。だが、この映画には、類まれな真摯な思いが満ちている。未知の本当の世界に出会うため、己自身を自然の一部に同化させようとする強い意志、そこで見えた自然の美しさ、出会った人たちの優しさが、全編を通して圧倒的な臨場感と共に胸に迫ってくる。

気付けば、自分の現実生活もまた同じだ。たとえ、日々ルーティンワークに追われていたとしても、自分たちもまたこの世界の未知に立ち向かい、本当の幸せとは何かを追い求めるさすらい人なのだ、この映画はそんなことを感じさせてくれる一人一人のドキュメンタリーでもある。
大地をふみしめて足を前に出す。枯草をちらしながら、夕日の沈む彼方を目指して。冷たい風がほおを硬くこわばらせる。低くたれこめた雲が、嵐の予兆を示す。

人は永遠に旅を続けるジプシーだ。心に熱い思いと、歓喜の調べを抱えてただ、前へと歩き続ける放浪者だ。
たった一人、荒野へ。土と木と獣の匂いを道連れて。
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