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ぼくは勉強ができない

ぼくは勉強ができない

「脇山、お前はすごい人間だ。認めるよ。その成績の良さは尋常ではない。でも、おまえ、女にもてないだろ。」

山田詠美さんの小説「ぼくは勉強ができない」を読んだのは、今から30年近く前だ。(←おそろしいな)大学生の頃だった気がする。リアルタイムに高校生目線で読めなかったこともあってか、はじめは17歳の主人公、時田秀美君のクールでマイペースなモテぶり、辛辣な言動に「カチン」とくるようなところもあった。

”ぼくは思うのだ。どんなに成績が良くて、りっぱな事を言えるような人物でも、その人が変な顔で女にもてなかったらずい文と虚しいような気がする。” 「ぼくは勉強ができない」より

それを言っちゃおしまいだろう。そんな禁句にも似た真実を、当時の山田詠美さんの小説は、恐れを知らずにスパッと言い切っていた。まるで鋭いナイフで一閃するかのように。切口のあまりの見事さにかえって切られた者が感心するほどに。
ラルチザン・パフュームの運営が移管されることになって、何だか宙ぶらりんな気持ちがずっとしている。表参道路面店のホスピタリティのすばらしさもさることながら、美しくまとめられていたラルチザン・パフューム・ジャポンの公式サイトがクローズされたままになっていることにも寂しさを宙づりにされたままだ。新サイトは、8月中旬にお目見え予定となっているが、少しずつ風にも初秋の涼しさが混じり始めている。

ラルチザンの香りでもやはり別格と感じるのが、ベルトラン・ドゥショフールの調香した作品群だ。これはルカ・トゥリンの受け売りでもなんでもなく、なんと独創的で、なんと印象的な香りを作る人だろうという思いは、彼の作品に触れるたびに、地層のように重なっていく。
ここ1ケ月、トワイライトタイムに彼の作品の1つ「オンド・ソンシュエル」を使っていた。
夏の夕暮れどき。残照の赤が、名残惜しそうに西の空の水平からスペクトラムを散らす頃、天球の上からは夜のとばりの青が静かにあたりを浸潤し始める。その赤と青のコントラストが混じる境界は、不思議なことに、うっすらと中和されたかのように白っぽく輝いている。

夕暮れは、トリコロールなのだ。

情熱の赤を感じさせるホットスパイスのミックス、そして、すっと心を鎮静させようとする青を思わせる香り、これらの相反する香料の競演を「オンド・ソンシュエル」は表しながら、人間の原始的な欲望を揺らす波を表現している。

オンド・ソンシュエルの香りは複雑だが、昼の赤でもない、夜の青でもない夕暮れ時だからこそ、さまざまな思いを感じ取ることができたのかも知れない。この香りを付けていて一番思ったのは、「山田詠美さんの小説の高校生たちみたいだな」ということ。

彼らは少年少女でもない、けれど、大人にもなりきれない。残酷で不作法で、けれど、大人を負かすほどには武器の使い方もまだ知らない。そんな揺れ動く複雑な時代。

「ぼくは勉強ができない」の主人公、時田秀美は、いけすかない学級委員長を「お前、そんなに頭がよくったって、女の子にもてないだろ」とやりこめる。けれど、それは、自分にも突き立てたもろ刃の剣だったことをやがて知る。彼もまた、たまたまモテていただけで、自分がなぜモテていたのかは気付いていなかったのだ。だが、彼なりに傷つきながら、少しだけ恋や性の真実をかじって覚え始めていく。

そんな彼に、学年一の美少女が、恥ずかしげな笑顔とともに近づいてくる。そして彼に告白する。そのとき、彼は彼女にこう言う。

「自分のこと、可愛いって思ってるでしょ。本当はきみ、色々なことを知ってる。人が自分をどう見てるかってことに関してね。完璧に美しく、けれども、完璧が上手く働かないのを知ってるから、いつも、ちょっとした失敗と隣り合わせになってることをアピールしてる。」

「ぼくは、人に好かれようと姑息に努力をする人を見ると困っちゃうたちなんだ。香水よりも石鹸の香りが好きな男の方が多いから、そういう香りを漂わせようともくろむ女より、自分の好みの強い香水を付けている女の人の方が好きなんだ。」

オンド・ソンシュエルをずっとつけていて、遠い昔に読んだ切れ味の鋭いナイフのような、けれどどこかすっきりとして蜜のような甘味をもった美しい小説をいくつも思い出した。

ありがとう、オンド・ソンシュエル。

「俺は女にもてない」。いつか山田詠美さんへのオマージュとして、そんな小説を書こう。



ラルチザン・パフューム「オンド・ソンシュエル」クチコミ
「香水ドラマストーリー」


※文中の写真はイメージです。



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コメント(6件)

  • ドギー様(こちらも省略させて頂きます)マッドで全然無問題ですよ!つか、打込み系音楽聞きながらクロスバイクでダウンヒル中、香水への物欲暴走中はまさにMADMAX状態です。トラッシュを読んで家族がいるのに涙腺崩壊した時には恥ずかしかった~。アヴァンギャルド&生々しさが良かった。また読み返そうかな~

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    2016/7/9 08:13

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  • おお~!懐かしいぞ!山田詠美先生。中学終わり~大学生まで読みふけっていました。「ぼくは勉強ができない」では「付き合っているアフロアメリカンの女の子のココナツみたいな濃厚な体臭が好き、ぶりっ子の似非石鹸臭はあざとい」というような一文にドキリとしたな~。今や紫プワゾンが寝香水のアイコン。

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    2016/7/9 07:04

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    まだぶりっこアイドルが全盛の時代に黒人男性との熱いラブラブをさらりと描いていた山田さんの感覚は、軽く20年先をいっていたように思います。香りについてもすごくドンピシャな表現が多くて、生々しくも「この方は全て経験を書いているな」と思ってかなわないなと震撼したものです。

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    2016/7/9 07:57
  • マッドさん、ありがとうございます。省略してごめんなさい。何とお呼びすれば良いですか?自分の中では当時、村上龍さんが最高だったのですが、山田詠美さんの「ラビット病」を読んだ時、女性のもつストレートな欲望、感情がこれでもかと描かれていて、トリプルクロスカウンターを喰らったような衝撃を受けました。

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    2016/7/9 07:54

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  • お邪魔しまーす( ̄▽ ̄)ゞぼくは勉強ができないは、同じく山田詠美さんの『放課後のキイノート』と同じくらい愛してる小説です。キイノートの方にはミルが出てきて、憧れた覚えがあります。ぼくは勉強ができない、再度読み直します。素敵な記事に感謝!

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    2015/11/28 14:41

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    花と蝶さん、ありがとうございます。自分も同じです。ことにこの2冊は、山田詠美さんの小説の中でもエッジがきいていて好きです。今ではジャン・パトゥのミルよりも高価な香水を使ったりするようになりましたが、いまだにミルは敷居が高くておいそれと手が出せない香りです。それも、「放課後のキィノート」の影響ですね。

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    2015/11/28 22:25
  • 男が大人になって
    このテーマを掘り下げるのは
    誠に深いですね、
    男性ののみにおける
    外見的不具合(俗称ブサイク)の
    コンプレックスや その捌け口が
    今日までの ファッション、
    文学や芸術、経済の発展に
    大きく貢献しているとわたくしは
    信じてて疑いません。
    それらが余りにも素敵だからです。




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    2015/9/21 05:20

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    ドギマギの夏さん、コメントありがとうございます。いつもドラマのワンシーンのような香水のレビュー、楽しませてもらっています。フェラーリやランボルギーニが女性を乗せるための武器であるように、文学も芸術も、そうした「メスを誘うオスクジャクの羽」的に発展したのかもしれないですね。香水もまたしかり、かな。

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    2015/9/21 12:51
  • この小説を読んだことがないのでわかりませんが、オンド・ソンシュエルはどこか中性的な香りのように感じています。
    今までのユニセックスとは全く次元の違う世界のような。
    多種のスパイスが使われているのに、肌に寄り添う不思議な香りですよね。

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    2015/8/24 21:22

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    AtIiさん、ありがとうございます。小説はただ香りから思い出しただけで、香り自体とは全く関連はないです。お話されている意味がよく分かる気がします。語彙が足りず表現できないもどかしさを感じていますが、最近になり、かつて多く感じた樟脳系の匂いを彷彿させるところもある気がしてきました。不思議な香りです。

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    2015/8/25 05:44
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