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【インタビュー】嗅覚を失うという経験を乗り越えた、フレグランスメゾン「HEELEY」創業者ジェームス・ヒーリー氏

【インタビュー】嗅覚を失うという経験を乗り越えた、フレグランスメゾン「HEELEY」創業者ジェームス・ヒーリー氏

2006年に創業された、イングランド出身でパリ在住のジェームス・ヒーリー氏が手がけるフレグランスメゾン「HEELEY / ヒーリー」。ジェームス氏はイングランド、ヨークシャー生まれで、ロンドン大学のキングスカレッジにて哲学と美学を学び、パリでグラフィックデザイナーとして働く。アニック・グタールとの出会いを契機にグラースのパフューマリーで独学で学ぶようになり、2006年に自身のブランド「HEELEY」を設立した。起業家であり、グラフィックディザイナーであり、すべての調香も担当するパフューマーでもある。「HEELEY」として初めての作品は、2006年発売の「マント・フレッシュ」。

先日、コロナ禍を経て4年半ぶりに、ジェームス・ヒーリー氏が来日。新作フレグランス「ヒーリー オードパルファン コローニュ オフィシナル」の発売に伴い、ジェームス氏の近況と新作のクリエーションについて聞いた。


YUKIRIN:「HEELEY」は、あえてノーコンセプトでイメージが固定化しないようにしている、時の流れとともに進化させていきたいと2020年のインタビューで話していたが、2006年の創業から今年で17年目を迎え、HEELEYはどのような変化をしてきたと思うか?

ジェームス:何かに対して変わっていきたいというより、心のままに変わっていきたいと思っている。常に、これまでと何か違うもの、違う要素を探し、都度トライしている。基本的にはトラディショナルな香りをベースにしていて、そこに一味違うエッセンスを加えていく点は変わっていない。

YUKIRIN:世界的なパンデミックを経て、ブランドや自分自身の内面、作品に何か影響はあったか?

ジェームス:パンデミックは自分にとって、とても大きな出来事だった。実は、1年程前にコロナにかかり、嗅覚に影響が出て、ニオイが全く分からなくなった。3~4か月は戻らなかった。急に全てがネガティブになってしまい、何ごとにも興味がなくなり、世界が終わったと思った。できるだけポジティブに考えようと思ったが、どうしてもシリアスになってしまって、まるで時が止まって、夢の中で生きているような感覚だった。パフューマーが嗅覚を失うという絶望、このまま辞めなくてはいけないのではないか、専門家としての機能を全て奪われた、失ったと感じた。また、嗅覚は味覚にも影響し、自然への敬意を手助けするものだと感じた。香りとは小さなものだが、センシティブで、生きる上で大きな道でもある。僕自身、香りが無い世界が訪れた時、物事への感謝を忘れてしまうほどだった。新作のフレグランスは、嗅覚を無くすという経験後の、初めての作品でもある。ようやく2~3か月前に嗅覚が元に戻ったが、嗅覚は新しい感覚を連れてくるものであり、香りがガイドしてくれる。自分の進む方向を示してくれる言葉のように香りが重要なものだと思った。嗅覚を失うことは、これからも想像できないことだ。

YUKIRIN:つらい記憶を話してくれてありがとう。あなたは、まだ日本の香水市場がそこまで広がっていない10年ほど前から来日し、自ら店頭に立って、顧客に似合う香りを選んであげたりしていた。(私はその頃に初めて会った)まさに「HEELEY」は、早いうちから日本への理解と熱意を見せてくれていたパイオニアブランドだと私は思う。今でこそ、ブランドのファウンダーやパフューマーが来日する機会も増えたが、10年前は珍しかった。世界から見て、日本の香水市場は未熟で注力すべき国とも考えられていなかった。日本はこの数年で、香水市場が拡大し急成長しているが、あなたはどんなきっかけで、日本へ興味を持ってくれていたのか?

ジェームス:10年程前から日本に来て店頭にも立っているのは、純粋に日本が好きだからだ。こんなクリーンで、移動ひとつとっても簡単にできる国はなかなか無いと思う。何回も日本を訪れるうちに、日本人特有の考え方や人々の信頼しあう姿勢、伝統とモダニティの共存に感銘を受けた。僕から見て、日本は“スペース”の取り方が素晴らしいと思うんだ。人と人との距離感にリスペクトがあることで、電車でも路上でも、フィジカル的にも内面的にも程よい距離感、つまりスペースを感じる。また、距離だけなく、周囲の人のために声の大きさを調整したりするところが好きだ。日本人は細かいディテールに着目していると思う。銀座は昼間あれだけ混雑しているのに、夜になるととても静かで、ホーミー(homie)な感じがする。海外では夜に出歩くことは不安になることもあるが、東京は中心地の銀座であっても安心して歩くことができるホーミーさは素晴らしい。日本は生きるためのクオリティが高く、センスの共有がある。だから日本が好きだ。香水を創る際もディテールにこだわっていて、それをお客様とどう共有するのかが大事だと思うし、日本は興味深い国だ。

YUKIRIN:新作フレグランス「ヒーリー オードパルファン コローニュ オフィシナル」は、マルセイユの現代的な暮らしの動向を発信し続けるファッションとデザインのコンセプトストア「JOGGING」のオーナーであり創設者である、写真家のオリヴィエ・アムゼルレムからインスパイアされたとのことだが、とてもクラシカルでフレッシュなオーデコロンのような印象を受けた。どんなコンセプトの元、クリエーションしたのか?

ジェームス:オリジナルコンセプトは、オリヴィエ・アムゼルレム(某グローバルスポーツブランドの写真なども手掛けるフォトグラファー)とオリジナルの香りを創ろうというところからスタートした。パンデミックの7か月前だ。地中海のアロマであるラベンダー、ローズマリー、セージを使った、1970年代のマルセイユを代表するようなコロンの香りで、バックトゥ70年代を意識した。イギリスではラベンダーはアイコニックな香りだ。ヴィクトリア女王が避暑地として過ごされていたイギリスから、ラベンダーをフランスに持ち込み、南仏にラベンダー栽培が根付いた。そして、北アフリカの移民がマルセイユに入ってきたことで、オリエンタルとの融合でサボンドマルセイユが生まれた。ハマムで使われた石けんがサボンドマルセイユの元となっている。「ヒーリー オードパルファン コローニュ オフィシナル」は、オーデコロンの存在感だけでは終わらない。アンバーノート、オークモスでオリエンタルテイストを加え、フレッシュな香りだが、オリエンタルノートが後半になるに連れて強くディープに香るのが特徴だ。

新作「ヒーリー オードパルファン コローニュ オフィシナル」


(100mL ¥24,200)
♂ 朝6時、コルニッシュ(南仏の湾岸道路)にて
♀ カランクで水浴びをするジーナ・ヒメネス(ビデオ by オリヴィエ・アムセルレム)
T:フレッシュバジル
H:ラベンダー . セージ . ローズマリー
B:オークモス . アンバー

サイプレスの木がラベンダー色に染まる、ビジュアルが特徴的。


YUKIRIN:あなた自身は、マルセイユについて何か思い入れがあるか?オリヴィエ氏のどんなところにインスパイアされたのか?

ジェームス:僕とオリヴィエは友達で、フランスの有名な映画監督の娘であるジーナ・ヒメネスが海沿いで泳いでいるシーンの映像にインスパイアされた。オリヴィエ・アムゼルレムの店舗である「JOGGING」と、パレ ロワイヤルにある「HEELEY」のショップでは、「JOGGING」オリジナルパッケージボトルにて同香も販売している。

YUKIRIN:トップにはバジルやガルバナムが非常にグリーンでハーバル、少し苦味を感じたが、地中海のどんな景色をイメージしているか。

ジェームス:とても重要なポイントは、いろんなアロマが使われていることだ。カンファ―が香ると同時に、ウッディでグリーン、フレッシュバジルの香りなどが感じられる。セージは、あえてダーティさを表現するために使っている。 汗のダーティさをリフレッシュするサボンをイメージし、どこかソルティな印象も引き出している。アロマティックであり、南仏の長く続く湾(コルニッシュは都会寄りな場所で、マキはもっと田舎の小高い丘でモスなどが生えている場所のことを指すそう)をイメージした。南仏特有の海岸の風景で、植物がたくさん生えていて、海岸に出るところまで続いている。アルプスにも近いため、ハーブがたくさん育っているのも特徴だ。

YUKIRIN:グリーンな香りが落ち着いてくると、とても清潔感のあるフレッシュで早朝の散歩や、リネンを感じるような雰囲気だが、ここに「サヴォン・ド・マルセイユ」や「ハマム」のバスタイムや石けんを彷彿とさせるポイントがあるのか?特にこだわった香料やブレンドのポイントはあるか?

ジェームス:あえてセージを加えて、バスタイムに印象を強めている。バジルはアロマティックな香りにフォーカスさせ、深さを出してくれる側面がある。最初に人を惹きつけ、香りのバランスをとっている。オークモス、アンバーグリスも重要だ。

YUKIRIN:コロナでの嗅覚異常の経験を経て、新作フレグランスの香りを少し変更したとのことだが、どんな部分に変化を加えたのか?

ジェームス:基本的な部分は変えていないが、香りのバランスを少し考えた。具体的には、バジルの香りを少し強めている。ベースの香りを強くして、より深さを出した。深さのためにアンバーとオークモスが大きな役割を果たしている。”コロン”という名前だが、コロンに誘導するために入れている香料と、オードパルファンとして深みを出す香料の両方にこだわった。ラベンダーとシトラスは、世界的にオーデコロンの起源から使われてきた香料だ。ラベンダーといえばフランスのイメージがあるが、フランスで栽培し、輸出をしているのであって、ラベンダーの大きな消費マーケットはUKやアメリカだ。イギリスでは子供のころからラベンダーの香りに馴染みがあり、イギリス人にとっては切っても切れない、太陽、健康、ガーデンなど、イギリス人が追い求める理想の生活をイメージできる香りとも言える。イギリスは雨が多く、ラベンダーが育ちにくいが、南仏は太陽に満ちていてラベンダーもよく育つ夢の土地だ。

YUKIRIN:今後、ブランドとしてトライしていきたいこと、創っていきたい香りのイメージはあるか?個人的には「バブルガムシック」が好きだったので、復刻してもらえたら嬉しい。

ジェームス:昔、クリエーションをトライした、シダーウッド、サンダルウッドの香りを創りたい。同時に、スモーキーな香りも創ってみたい。フェニキアという香りが以前あったが、モスの香りもいいと思う。「バブルガムシック」は、実は「ジャスミンOD」という名前に変更し販売をしているが、今後「バブルガムシック」に戻すかもしれない。販売しているエリアや顧客層に対して、その香りのタイトルがチープに見えてしまうのではないかという懸念が一時期あったのが、「バブルガムシック」はいいタイトルだし、今思えばそういうことを気にしすぎる必要はないと思う。今後も「HEELEY」らしい香りを創っていくので、楽しみにしていてほしい。

★「HEELEY」の日本公式サイトはこちら

https://jamesheeley.jp/

★「HEELEY」の取り扱いショップはこちら

https://jamesheeley.jp/retailers/


【執筆者】

美容・香水ジャーナリスト YUKIRIN

日本で唯一の香水ジャーナリストとして、メディアで香りの情報を発信。またナチュラルオーガニック美容の専門家でもあり、コラム執筆や、記事監修を行う。これまで2,000種類以上の香水や、500ブランド以上の化粧品に触れ、新製品や国内市場の動向を網羅する他、ブランドコンサルティングとして活動中。
https://ja.wikipedia.org/wiki/YUKIRIN

★公式Instagram
毎月第一土曜日の22時からは、フレグランス専門インスタライブを配信中。
https://www.instagram.com/fabgearyukirin3/



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コメント(2件)

  • ご感想をありがとうございます!ジェームス氏は本当に親日家で、日本へのリスペクトもとても感じられる方でした。調香師でもある彼にとって、つらい経験がより良い方向に調香への影響をもたらしてくれるといいなと思いました^^ 新作もぜひ、トライしてみてください!

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    2023/11/26 18:02

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  • かなり以前HEELEYというブランドを初めて知ったとき、とても透明感のある香りで好印象でした。
    マント・フレッシュはありそうでなかなかない香調で大好きな香りです。
    創業者ジェームス氏のインタビュー、日本への印象も含めとても興味深く読み応えがありました。
    コロナ禍後の新作コローニュ オフィシナルもそのうち試してみたいと思います。

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    2023/11/7 23:10

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