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彼は殆ど何処を歩いたか

彼は殆ど何処を歩いたか

 彼は殆ど何処を歩いたか覚えてゐない。
 三田の高台を降りて、二ノ橋に差しかゝつた時分、彼はこれからまた大沼博士を訪ねて、県庁の方をやめた事情を話し、またしばらく何処かの研究所に籍を置く相談をしに行かうと思つた。
 それには目黒の方へ出なければならぬので、しばらく電車を待つてゐると、すぐ眼の前の歩道を鞄を鞄へて、さも毎日歩き慣れた道を歩くやうにのつしのつしと、旧友安藤正樹が歩いて行く。
「おい、安藤、もう帰るのか?」
 といふ声に応じて、
「よう、珍しいな。たまにはこつちに用があるのか?」
 そこで、二人は、どつちからともなく肩をならべて、同じ方角へ歩き出した。
「あの話ね、どうしても駄目か? おれはもううるさいから相手にしないんだけれどね、再三、当人がやつて来て、家内に泣きつくんださうだよ。会ひもしないで断るんなら、もつとはつきりした理由を聞かして欲しいつていふんだ。家内は君、なんにも知りやしないからね。――幾島さんてどんな方? 随分果報者ねえつて、さう云つてたよ、ワツハツハツハ」
 安藤はいつもの調子である。

http://tomiget.com/NYTA3/

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