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【小説】 「星たちの距離」 - 第4話

【小説】 「星たちの距離」 - 第4話


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ご訪問ありがとうございます(*^-^*)
コスメへのオマージュを小説に綴っています。
アナタにも、彼や彼女たちのような、素敵なコスメとの出会いがありますように☆

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 午後の上級者クラスの間、京平は近くのカフェのオープン席で麻央を待ちくたびれていた。
 
 麻央と京平は同じ寮に住んでいて、京平がまだメトロの乗り継ぎが不安だからという理由で、お互いの行き帰りを無理矢理合わせるようにしていた。

 麻央のクラスが終わるまで、いつもここで過ごす京平の顔をすっかり覚えてしまったカフェのマスターは、いまだにボンジュールしか言えない彼がニッコリと笑うだけで、焼きたてのクロックムッシュとエスプレッソを運んできてくれるようになっていた。

 彼が芸能界を引退してまだ1年経っていないが、外国ということで気が抜けているようで、日本ではずっとしていたというキャップとメガネの変装は全くしていない。

 日本のファンと違って、パリジェンヌは周りを遠ざけるように必死にパリ市内の地図を読み込むアジア人の元俳優に声をかけるほど無粋なことはしないが、カフェを通りがかった女性の誰もが彼に目を奪われる様子は、向かいの通りを歩いている麻央の目からでもよく分かった。

 実際、今日の京平はそこらへんのパリジャンよりもセクシーだった。

 鎖骨が見えるくらいの美しいデコルテカットが際立っているシンプルな黒のニットがとても似合っていて、体にちょうどフィットするサイズが彼の骨格の良い肩や長い腕をより魅力的に見せている。

 麻央が京平のいるテーブルに着いたとき、すぐ後ろのテーブルで課題をかたづけている学生らしい二人のパリジェンヌから残念なためいきが聞こえた。

 彼女らしき女が現れたら、ためいき一つで彼を放っておいてくれる。

 そんな素っ気ないほど自由なパリに、京平はきっと癒されるだろうと麻央は思った。

 「DVDどうだった?」
 
 昨日、京平は麻央に自分が出演している映画のDVDをくれた。

 麻央は京平に気を使って、最初はなるべく俳優だった頃の話をするのは遠慮していたのだが、遠い外国で彼の出演作を観ていたと話すととても喜び、まだ麻央が観たことのない作品のDVDをいくつか持ってきてくれた。

 ファンサービスとばかりに、わざわざ麻央の目の前でサインを入れてくれる京平の心遣いには、リアルタイムで彼を追っていなかった麻央でも嬉しい緊張が走るのだった。

 「シリーズの中では一番よかった。特にラブシーンが。シリーズ初めのころは演技が固かったけど、昨日もらったのは、彼もちゃんと彼女を求めてるって感じがして、やっぱり映画館で観たかったなって本当に思った」

 「麻央は見るとこ見てるね。あのシリーズが始まったとき、俺はまだ18だったけど、もしハタチを迎えてもシリーズが続行してたら、あのシーンの出来をなんとかしたいといつも思ってた」

 京平はほっとしたように笑い、注文した2杯目のエスプレッソに添えられていたチョコレートを口にほおばった。

 麻央は角砂糖を一つ入れたエスプレッソで口を潤すと、上級クラスで詰め込んだフランス語文法の束がやっとゆるんできた頭の中で、彼に出会ってから毎日のように考えるセリフを言おうか悩んでいた。

 もう俳優に戻る気はないの? という残酷な言葉を。
 

 気がつくと、京平は秋の気配を感じさせるパリの空の下で、すっかり冷たくなった大きな右手を麻央の左手の上に重ねていた。

 「今日は逃げないんだね……」

 麻央が観ていなかった京平の出演作は昨日のDVDで最後だった。

 俺は麻央に全てを見せた……だんだんと力がこもっていく京平の右手と、彼の麻央への視線がそう語っていた。

 突然夕暮れを告げる強い風が抜けていき、麻央は吹き上げられた自分の長い髪を押さえるように京平の手を離した。

 すると、京平は見た目よりもたくましい右腕で麻央を体ごと抱き寄せ、カカオの香りが残る唇でゆっくりと甘いキスをした。

 恋人たちの街であるパリでは、当たり前のように見かける日常。

 もはや、後ろにいるパリジェンヌたちの席からも先ほどのようなためいきは聞こえず、フランス語をノートに書き込む流れるようなペンの音が聞こえてくるだけだった。

 「今日は部屋に行っていい?」

 風で乱れた髪を整えるように麻央の頭をなでる京平の手は、麻央を見つめる大きな瞳と同じくらい迷いを感じさせないものだった。

 もう、断りようもなかった。

 「うん、いいよ」

 そう言うと、今度は麻央のほうから京平の熱を帯びた厚い胸に顔をうずめた。

 麻央の寮の部屋からは、夜にきらめくエッフェル塔が見える。

 その星のように穏やかな光が差し込む中で、京平はあのシリーズの最後で見せたようなせつない顔で私を求めてくれるのだろうか。

 麻央は昨日観た映画の中で、京平に激しく抱かれていた自分よりもっと年上の女優に少し嫉妬した。

 豊満な体のその女優に比べると、麻央の体はとても華奢で、まるで男である京平の体をただ細く小さく青白くしたような退屈な存在に思えたからだ。
 

(つづく)




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