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【小説】 「星たちの距離」 - 第5話

【小説】 「星たちの距離」 - 第5話


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ご訪問ありがとうございます(*^-^*)
コスメへのオマージュを小説に綴っています。
アナタにも、彼や彼女たちのような、素敵なコスメとの出会いがありますように☆

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 パリの雨は人々に芸術を恋しくさせるらしい。

 麻央と京平の通う語学学校からほど近いルーヴル美術館は、きっと今日ほど混んでいる日はないだろう。

 平日に飽きるほど通ってルーヴルを制覇した二人は、ほとんどの国立美術館が無料で入れるこの第一日曜日を狙って、前々から計画を練っていた美術館巡りに出かけた。

 あらかじめ最短ルートと最短待ち時間を割り出して決めたコースはとてもスムーズに二人を運び、モネの『睡蓮』が展示されているオランジュリー美術館だけは予想以上に並んだが、それでも夕方には計画していた美術館に全て行くことができ、二人はマレ地区のレストランで予定より早めの夕食を取っていた。

 最後の一番のお楽しみ、ピカソ美術館は補修工事を延ばしに延ばし、まだ閉館したままだった。

 雨ですっかり冷えた体を温めるためにオニオンスープを注文し、京平はそれが運ばれるやいなや、おいしそうな色に焼けたチーズの蓋を急いでスプーンでつつき、熱いスープを口に入れたのでむせていた。

 麻央はパリの雨に慣れていたので、持ち歩いていた紺色のギンガムチェックのブランケットをバッグから取り出し肩に羽織った。

 広げるとかなり大判のこのブランケットは、二人がベッドに入ったまま映画を観るときに一緒に羽織っていたものだった。

 ウールが入っているのでそれ自体とても温かいのだが、麻央は二人の情事を思い出した火照りで暖をとる自分が客観的に可笑しくて、雨の日はよく使ってしまう手なのだった。
 

 「今週末に俳優時代の仲間が遊びに来るんだ。すごくお世話になった先輩なんだけど」

 京平がパリへ来てから3ヶ月目、彼の様子見も兼ねてプライベートの彼女をともない旅行に来るらしい。

 辺見陽介は麻央も知っている俳優で、京平が出ている舞台や映画で彼とタッグを組んでいることもよくあった。

 メイキングDVDでの陽介は芸人と言っても通用するくらい面白く、麻央と同年代ということも手伝って勝手に親近感を抱いていた。

 明るく後輩思いの陽介を始め、たくさんの俳優仲間に囲まれて演劇人生を楽しく謳歌している京平が頭に浮かんだ。

 若手と言われていた京平世代の俳優仲間たちは、テレビドラマに出るようになってから人気が出始め、みんな忙しくなってきたはずだと京平は言う。

 「次の舞台までの休みを使って来てくれるんだって。本当に兄貴みたいだ」

 嬉々として陽介のことを語っていた京平の顔が今日のパリの空のように一気に曇りだし、やがて目には涙がにじんだ。

 京平はパリに来てからずっと麻央と一緒にいたせいか、初めての海外暮らしにも関わらずホームシックな様子を見せないので、麻央は逆に心配だった。

 感極まって熱くなった京平の手を取り、彼をほっとさせるように微笑みかける麻央だったが、引退の理由について事情をよく知っている陽介に聞きたいことが次々と胸を突いてくるのだった。
 

 陽介とその彼女がパリにやってくる当日、雨の中の美術館巡りで風邪をひいてしまった京平は熱を出して寝ていた。

 仲が良かった兄貴分の陽介に久しぶりに会えると分かって、今まで張りつめていたものが一気にほどけてしまったのかもしれない。

 麻央は一人でシャルル・ド・ゴール空港へのシャトルバスに乗り、午後便でやってくる二人を空港のカフェで待っていた。

 「いやぁ、ちゃんと来れてよかった。ほんと、飛行機の乗り継ぎっていまだに苦手なんだよね」

 陽介は画面で見るより顔も体も大きく、俳優らしいフォトジェニックで派手な顔つきと弾けるオーラはまるで太陽のように圧倒的で、初対面の麻央は思わず後ずさってしまった。

 京平の、周囲の視線を魅きつけはするが、どちらかというと月のように静かで暗さをはらんだ存在感とは全く対照的で、この太陽と月の贅沢なコントラストにどれだけたくさんのファンが魅かれたのだろうと麻央は思った。

 「ほらっ! 怖がってるってば! ごめんなさいねぇ暑苦しいのがいきなり。京平くんみたいな美少年を毎日見てたら、こんなオッサンが来てビックリするわよね」

 モデルをしている浜田香菜子は、陽介よりも少し背が高く迫力のある切れ長美人だ。

 香菜子は慣れた感じで容赦なく陽介のがっしりとした腕をつかみ、後ろへと引き戻した。

 熱がある京平はなつかしい先輩にすぐに会えないことをとても残念がっていたが、4人で会うのは明日以降にし、バスに乗ることを考えてもホテルのチェックインまでかなり時間があったので、大人の3人は空港にあるバーで初対面を祝うことにした。
 

 「そうかぁ。元気でやってるのはよかったけど、その分じゃまだ日本に戻ることはなさそうだな。

 京平がパリで美人の彼女ができたって嬉しそうな声して連絡してきたから、俺はもうすっかり立ち直ったのかと思ってたんだ。

 たしかに、プライベート写真が流出したのは若い俳優自身にとっても事務所的にもNGだし、それが付き合ってた彼女からのフラれた腹いせや売名行為だったら、京平ほど思いっきり若くない俺だって一時は引きこもりたくなるかもしれない。

 でも、何も辞めることはなかったんだ。同世代の俳優たちがみんなこれからってときに」

 「私は陽介から京平くんの話を聞いてたまたま問題の写真を見る機会があったけど、ほんとに大したものじゃなかったのよ。

 ただ、若くてかわいい二人の男女が笑ってピースしてるだけ。

 エグい写真だったとか、あんな噂は全部デマなのよね。

 だいたい売れてきてたとはいえ、京平くんくらいの若手俳優さんのプライベート写真が、そんなにスキャンダル扱いされたり売名行為の足しになるとは思えない。元カノに他のネタで脅されてたとか?

 陽介は京平くんからもっと他に何か聞いてないの?」

 「いやぁ、他には特に何も。俺だっていきなり、『芸能界引退することにしたんだ。たくさんお世話になったのにごめん』て聞かされて、それはもう決定事項みたいな感じで、引き留めるのも酷に思えたほどだったんだぜ?

 それから半年は引退準備期間で、いくつか残ってた仕事もしっかり終わらせて、事務所通して引退のあいさつをして、しばらく実家でゆっくりしてるかと思ってたら海外に行っちまってたんだ」
 

 京平は日本を発つ前に、俳優をしている間できなかったことをいろいろやってみたいと陽介に話していたという。

 麻央よりもよく京平のことを知る陽介と香菜子でさえ、何ヶ月も経った今でも、京平の下した決断を受け入れられずに苦しんでいた。

 なぜ、京平は俳優を辞めてしまったのかということを。
 

(つづく)




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