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コスメへのオマージュを小説に綴っています。
アナタにも、彼や彼女たちのような、素敵なコスメとの出会いがありますように☆
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京平の体調が良くなった次の日、麻央と京平は語学学校の近くにあるプチホテルに泊まる陽介と香菜子を迎えに行き、4人でパリ観光に出かけた。
美術館ばかり行っていた麻央と京平は、意外とエッフェル塔や凱旋門などの有名観光スポットに足を運んだことがなく、日本にいる間にはりきって旅行ガイドをくまなく調べてきていた香菜子のおかげで、ずいぶんと日本人らしいパリ観光を楽しむことができた。
京平はパリでの滞在期間が長くなるにつれて、語学学校の人たちやカフェの常連とも打ち解けるようになっていたが、陽介と香菜子に対しては実の両親と再会したようなはしゃぎ様で、二人も久しぶりに元気な京平を見られてほっとしているようだった。
日本には彼を大事に思い待ってくれている人がちゃんといる、もちろんたくさんのファンも。
どんな理由であろうと、決して自分を追い詰める必要などないのに。
ノートルダム大聖堂の荘厳なつくりのステンドグラスを見上げながら、麻央は陽介と香菜子が京平を日本の芸能界に連れ戻しに来たのだったらいいのにと願った。
京平は、檀上で合唱団の子どもたちがたくさんの灯されたロウソクとともに捧げている祈りの歌を聞いている。
まるで、舞台に立っていた過去の自分を見るような遠い目をしていた。
香菜子が麻央と一緒にギャラリー・ラファイエットとプランタンで買い物がしたいと言うので、陽介と京平は麻央たちと別れて、学生向けの店が集うカルチェラタンへ飲みに出かけて行った。
オペラ座の裏にあるヨーロッパ最大のデパート、ギャラリー・ラファイエットは、年に2回あるソルドというセール期間をちょうどはずした秋のシーズンということもあってかなり空いていて、客もフランス人より海外からの観光客のほうが多く、あちこちから様々な言語が聞こえてくる。
香菜子はソルドでなかろうとおかまいなしという感じで、次々とインパクトのある服を選んでは試着してを繰り返していて、麻央に対しても30代になったらこのくらい身につけなきゃと、ほとんど生地がなく下着の意味を成していないようなレースばかりのランジェリーを勧めてくるのだった。
二人はコスメフロアに降りてくると、真っ先にシャネルのコーナーに向かった。
麻央が日本にいるとき、百貨店のコスメフロアでシャネルやディオールのコーナーは敷居が高く感じてどうしても入ることができなかったと打ち明けたことが、世話焼きの香菜子の心に火を点けたからだ。
日本のシャネルのコーナーでは若い女性もたくさん見かけたが、ここパリのシャネルでは常連と見える美しい艶のある白髪を上手にシニヨンにまとめたマダムが一人、いくつかの香水を試しているだけだった。
麻央は、ふと目に入った赤いルージュを繰り出してみる。
カジュアルにもフォーマルにも合いそうなマットな赤が美しい『ルージュ・ココ 19 ガブリエル』は、ココ・シャネルの本名でもある。
街ゆくパリジェンヌは、総じて赤いルージュの使用率が高い。
麻央は憧れを抱きつつも、いつもの控えめなピンクベージュに逃げてしまっていた。
「日本でもようやく赤いリップが流行りだしたの。
おかげでこの秋冬シーズンの撮影をしていたときは、モデルみんなで真っ赤なリップばっかり塗りたくって少し飽きちゃった。
モデルはともかく、やっぱり日本で女の子たちが日常的に使うには難しい色かもね。
でも、たった一時の流行であっても、日本の女の子たちの積極性を高めてくれるのには十分役立ってくれてると思う」
香菜子はシャネルの美容部員からリップブラシを借り、リップケアクリームの『ルージュ・ココ・ボーム』で麻央の唇にうるおいを持たせてから、ガブリエルの発色の良い赤を重ねた。
麻央の薄い唇に存在感を与えたマットな赤は、先ほど香菜子が見立ててくれた控えめなペイズリー柄の刺繍が美しい細身のワンピースにもよく合っていた。
「“口紅は、落ちる過程にこそ、ドラマがある”って、ココ・シャネルも色っぽいこと言ってるわよね」
ちゃんと京平に落とさせてあげなさいよとでも言いたげに、香菜子は自分が試していた透明感のあるアンバーピンクの乗った唇をティッシュに押しつけ、そのキスマークを麻央に見せてニヤニヤしていた。
『ルージュ・ココ・シャイン 57 アヴァンチュール』、香菜子が買ったその口紅の名前は、ココ・シャネルが残した別の言葉を麻央に連想させるのだった。
“恋の終わりは、自分から立ち去ること”。
デパートでのショッピングを堪能した二人は、同じプロヴァンス通りにあるワインにこだわったレストランバーで夕食を取ることにした。
「日本で飲むワインはどんなにおいしくても、防腐剤で頭が痛くなるから嫌になっちゃう」
そう言ってこめかみを押さえてみせる香菜子にワインのチョイスはまかせて、麻央はプロヴァンス風大皿料理を2品とチーズの盛り合わせを注文した。
香菜子がチョイスしたワインは魚料理にも肉料理にも合うフルーティーな味わいの辛口ワインで、ハーブがたっぷり効いたプロヴァンス料理にとても良く合っていた。
「そろそろ京平くんを一人占めしたくなってきた頃じゃない?」
プランタンのコスメフロアで、麻央が一番最初に赤い口紅を手に取ったときから香菜子はそう感じていたと言う。
赤は、積極性を持たせる色でもあるが、停止をうながす色でもある。
「彼のような美しい年下の男に愛されるって、嬉しいけどつらいものよね。
彼を愛してるのか、嫉妬してるのか、これからどうなっていくのか……悩みは尽きないし。
私も前に年下のモデル君と付き合ってたから、いろんな葛藤があるのはよく分かる。
これが40歳と30歳はそんなに壁は感じないのに、30歳と20歳ってずいぶんハードルが高いような感じがしてた。
でも、あの恋愛をしていたときの私は、自分でも惚れちゃうくらいモデルでいい仕事をしていて、その写真が載った雑誌は今でも取ってあるんだ。結局別れちゃったけど、すごく良い思い出」
「今は陽介さんと出会えてしあわせ?」
「もちろん。今はこれが等身大の私なんだって思える。あんなオッサンみたいな奴だけど、すっごく愛してる」
香菜子のハハハと豪快に笑うそぶりは陽介によく似ていて、店の中でも目立っているこの迫力美人は、カウンターでワインを楽しんでいるパリのロマンスグレイたちから飛んでくる笑顔と賛美にウィンクで応酬していた。
(つづく)
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