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秋の、おでかけ4

秋の、おでかけ4

ちょうど四天王寺の鳥居のすぐそばには、学校が設置されてる。四天王寺学園、中高一貫の女子校で、タイトル通算28期を誇るバレーボールをはじめ、各種スポーツの強豪でもある。


そや。
すぐそばにもうひとつ、最古のものがあったんや。日本ではなくて、世界最古の。

ここやここ。ほんま四天王寺から谷町筋歩いてすぐ。

金剛組ていう会社やねん。「組」てついてるからいうてコワイ人おるわけちゃうで(何)
この会社は聖徳太子が百済から招いた宮大工が興した会社で、創業は578年。現在は関西地盤の中堅ゼネコン・高松建設の完全子会社になってるけど、四天王寺には建立から再建まで、1400年以上の永きにわたって関わり続けてる、世界最古の企業なんや。


四天王寺の西側を走るのが谷町筋。一方、東側にも南北に走る道がある。こちらは上町筋といって、北向きにゆるーく上り勾配になってる。
この道はそのまま北へ向かって進むと、近鉄の大阪上本町駅を経て、かつて都があった難波宮跡に行き着く。
地図上の「法円坂」(阪神高速13号東大阪線法円坂出入口)あたりなんやけど、完全に南北一直線なんよね、位置関係に何かしらかの意味があるのかもしれん。



さて、谷町筋に戻って、金剛組のビルがあるところからちょっとだけ北に行くと、看板が立ってる。愛染さん、ここに立ち寄るで。

脇道に入って少し歩くと鳥居が見えるけど、いま立ってる右側にその愛染さんがある。

正式な名称としては愛染堂勝鬘院。祀られてるのは愛染明王。
直江兼続の兜、あれは愛染明王の「愛」なんやけど、よう考えたら上杉謙信のセンス丸パクリちゃうんか?(何:「毘」)

重要文化財の多宝塔は豊臣秀吉によって1597年再建、現存する大阪市内最後の木造建築。


……と。
書いてるうちに大事なもん忘れてたことに気づいた。

ここは有名な「愛染かつら」の舞台となったところやったんや。その桂の木を撮るの忘れとったわo……rz
というわけで、ここは良縁のご利益があることで知られてる。


あと、ここは四天王寺の別院4箇所のうちのひとつとして、施薬院という名前で始まったところ。名前から想像できるかもしれんけど、薬局みたいなところやったらしい。ほかにも療病院(病院)、敬田院(お寺そのもの)、悲田院(社会福祉施設)とあって、そのなかでも、
JR天王寺の駅ビルのあるところに悲田院町という地名が残ってる。


じゃ、愛染さんを出て、さっきの鳥居のほうへ。こちらは大江神社といって、四天王寺七宮のひとつとして、これまた聖徳太子によって創建されたもの。
……
不思議に思うかもしれんけど、聖徳太子て別に仏教原理主義者てわけでもなくて(笑)、どちらが上とか、時の権力側にいた人はともかく、一般の人はどちらも分け隔てなく信仰してたという。

神社と寺が横並びにある、有名なのはたとえば和歌山の熊野那智大社と青岸渡寺あたりか、ここはぜひご案内したいところやけど、とにかく遠いねん笑

境内から西を見る。長い階段があるけど、これは百歳の階段ていうて、長寿を願う101段の階段。たしかに毎日上り下りしたら健康になりそうや、長生きできそうや笑

この階段を見てもわかるとおり、西側に向かって下ってる。まさしくここは
♪おっかのうえ~(何:アグネス・チャン)

ここから見る夕日は……たしかに昔から絶景として知られてて、その証拠にここの地名は、夕陽丘という。

で、ここの場所に立ってワイは思ったんやけど、そうやな、日本はたしかに、日出づる国なんやと。しみじみ思ったわ。
まだ日が沈む時間でもないのに笑


ここから西へ進むと日本橋、東京でいうなら秋葉原のようなヲタクの街、そしてなんばへと出る。そこから帰るとするけど、そや。



天王寺公園のイベントについて、なんも触れてへんかったわ。時間軸が戻るけど、次はそれについての話するやで。











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