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「アレ」の、おでかけ5

「アレ」の、おでかけ5

練習の見学が終わって、館内の展示へ。
阪神タイガース設立は1935年、当時は「大阪タイガース」と名乗ってて、そのせいかいまだに球場も「大阪甲子園球場」と呼ばれることがあって、ホンマに大阪にあると思ってる人もおるらしい。西宮やっちゅうねん笑

何といっても球団史上唯一の日本一、あの年のことはよう覚えてる。特にバックスクリーン3連発は笑
↓参考動画 バックスクリーン3連発

1985年、日本一メンバーの使用してたバット。当時の打順の順に並べられてるのがなかなか芸の細かいところ笑


その後長い低迷期、1992年にいわゆる「亀新フィーバー」によって1度だけ2位となるも、俗に言う「暗黒期」に入る。


野村克也監督を招聘して立て直しを図るも結局3年連続最下位。ただ、有望な若手は芽を出しつつあった。


星野仙一監督に率いられ2003年、18年ぶりの優勝。実は楽天でも野村ー星野の流れで優勝してるんよな笑


そして第一次どんでん政権(笑)、2005年優勝。
「勝利の方程式」と呼ばれた鉄壁リリーフ陣「JFK」の存在は野村監督に「いつから野球は6回までのゲームになったんや?」と言わしめたとともに、
最近まで現役であったことから藤川球児のあの「火の玉ストレート」も記憶に新しいと思う。
↓参考動画 藤川球児奪三振集(2つ笑)

そういや「ムチャクチャ放ったれ」もこの年よ、おーん(何)



そんな阪神タイガースの歴史、そして選手たちが使用した道具などの展示が揃えられてる。
TV中継で見た選手たちの活躍する姿がすぐにでもよみがえる、そんな空間。


おっと、ノウミサン(笑:能見篤史)のボールや。2011年てこれ、違反球やないか(笑:統一球)、くっそ飛ばん球やったんや。ちなみにこの年、千葉ロッテマリーンズのチーム本塁打が46本、ホームラン王が西武の中村剛也48本というとんでもないことが起こった年や笑


さて、展示の最終盤、阪神の選手が残した名言のコーナー。
ヒーローインタビューで新庄が「明日も勝つ!」て言うたら次の試合から怒涛の12連敗という球団ワースト記録、その年はぶっちぎりの最下位という壮大な負けフラグとなった。暗黒時代のいい思い出や(何)








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