ラペル・トワの香りをかいだ瞬間、心が止まった。
まずい 好きかも そう思った瞬間、身動きできなくなった。

「ふだんタンブクトゥをお使いなら、こちらはいかがですか?」
ラルチザン・パフューム表参道本店。店長さんに3種類の香りをすすめられた。だが、意識は宙に浮いていた。
どうしよう 早く知りたい
暑い日だった。表参道をちょっと入った小さな路地の日陰。ドアを開け放した店内。ところせましと並べられた金色キャップのボトルたち。壁掛けのミラーに映る自分の顔。焦点が合わない。
「こちらも人気なんですよ。」
見せられたボトル。丁寧な説明。けれどその間ずっと、ラペル・トワのムエットを鼻先で揺らしていた。先ほどまで鼻にツンときて、くしゃみをしそうなほどだったサンショウの香りが、まろやかなガーデニアの香りに変わっている。
花とスパイス
むせかえるようなスパイスの香気が、ルーティン・ワークに支配された安穏な日常に、はっとした刺激を与える。
そしてそう感じた瞬間にはもう、心の奥の一番柔らかいところまで、甘くかぐわしいフローラルはしみわたっている。
好きになってはいけない人に出会ってしまった。そんな気分だった。最初からNGと分かっていたのに。一気に気持ちをもっていかれた衝撃。その困惑。いらだち。そしてそれ以上に大きな、秘密めいた歓び。

誰かを好きになるのに、理由なんかない。気がついたときには、人は恋に落ちているだけだ。
それまでも、これからも、香水を感じたときには、なるべく冷静に、香料や調香師や、そこに込められた思いなどを分析して、自分の感じ方を残しておこう。そう思っていたのに。この香水は無理だな。一瞬でそう分かった。
無防備なところに、一瞬で、深く、すべりこまれた。
美しい小説を読んで、涙がこぼれることがある。いい映画を見て、涙を流すことがある。愛する人や家族の笑顔に、涙があふれることがある。そして初めて、
香りに心を奪われ、ほおに涙がつたった。
淡くやわらかなガーデニアが、せんなく心を濡らしている。
覚えていて
甘くやすらかなラペル・トワが、せつなく心を揺らしている。
おぼえていて

AtIiさん
通りすがりのパンクス
doggyhonzawaさん
宮部みゆき大好きさん
通りすがりのパンクス
doggyhonzawaさん
RyanRyanさん
通りすがりのパンクス
doggyhonzawaさん
すももちゃんはかわいいさん
通りすがりのパンクス
doggyhonzawaさん