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娘として、母として。

娘として、母として。

33歳のとき未亡人となり、女手ひとつで私たち姉妹を育ててくれた87歳の実母。
一年半前に突然、同居していた長姉夫婦に施設に移りたいと言い出した。
母なりの終活だと言うことは、性格を知る娘にはよくわかる。
散々世話になった義兄と長姉が納得したことに異論などなかった。

自分で見学し気に入ったサ高住に空きが出たのが昨年の1月。暖かくなる頃には移れるように荷物や家電を運ぶ予定だったのが、世界はパンデミックに陥った。

その後最初の緊急事態宣言下に、本人の希望で移り住み、半年以上軟禁状態の中で暮らしている。
なのに気楽に訪問はできず、娘として何ができるかを常に自問している。

私はコロナ禍での母の移住や世話を巡り、姉たちと上手にコミュニケーションが取れず、加えてそれぞれの家庭が抱える問題も同時に変化し、なかなか状況に対応するのに努力が必要だった。
娘である私たちも、母であり妻であり嫁であるからだ。
四人で旅行に行くほど仲の良かった私たちでさえ、小さなスマホの中の意思疎通で行き違い、加えて閉鎖的な日常が不満を余計に鬱積させる。
血縁という難儀な繋がりは、時として甘えや苛立ちを言葉にしてしまい、互いの心を毛羽立てる。
その背景には多分、
「私はこんなにやってるのに」
「大変なのはそっちだけじゃないのに」
昔から貴女はそうだった、とか。
歳を取ると老人は、とか。
だったら最初に言ってよ、とか。
…情けなくて泣けてきそう。

何年も姉夫婦任せにして来たのに、自分は言われることだけをして、仕事をしていることを「忙しい」と思いたがる自分にほとほと嫌気がして来る。
そして思う。
私は母に、何ができるのか。
老いた母の幸せとは。

日曜日、いつものスタジオで瞑想中、昔言われた母の言葉が浮かんだ。

「してあげたことは忘れなさい、そして、してもらったことは一生覚えていなさい」

若かりし頃、失恋して立ち直れずにいた私に、電話で「他人じゃないんだからいつでもおいで」と言ってくれた長姉。
私が急死した夢を見たと言って、突然泣きだした次姉。
そしてそんなきょうだいを作ってくれた母。

その日の夕方、NHKのドキュメンタリー「ジェイクとシャリース」を見た。
トランスジェンダーであることを公表した国民的スターが、地位と名声、そして美しい歌声を捨ててゼロから出発した。
今も母親から理解されない苦しさを抱え、偏見や興味本位の視線に晒されても、本当の自分であることに幸せを実感する姿。

彼はこう言った。
「シャリースだった時、ファンにあなたは私の神だとまで言われた。偽りの自分にそう言われることはとても辛かった」

そしてピアノを弾きながら「ありのままのお前を愛していると」歌った。
受け入れて欲しい、その歌声は切なく哀しかった。

少し前、好きだった「Dr.コトー診療所」の再放送を見たとき、五島先生が母親に電話をするシーンがあった。
宮本信子さんの声だけのシーンは、私の心に深く残っている。

「元気なの?」
「あなたが元気で、幸せならそれでいいの」

私が願う幸せを、息子たちが幸せだと思うとは限らない。
彼らがどんな人生を歩もうと、息子本人が幸せでなければ、意味がない。
子は親を安心させるために、自分に嘘をつくべきじゃない。
息子たちが幸せなら、私は幸せだ。

誰もが羨む美しい声で世界を魅了しながらもシャリースは何度も命を断とうと試みた。
たとえステージがどんなに小さくなろうと、ジェイクになった彼は、とても幸せそうに笑っている。

私は、私自身が幸せであることが、私が母にできる唯一無二の親孝行なのだと気づいた。

結んだチンムドラーを解いたとき、心の中の絡まったものが解けていく気がした。


娘として老い先短い母にできること。
母にしてもらったこと、姉たちにしてもらったことを常に胸に、感謝し、思い遣り、今できることを探して返していくこと。

母として、息子にできることはきっと何もない。
どんな人生を歩もうとも、彼らの幸せを願って、見守ることだけだ。

スタジオを出て、思った。
感謝しなきゃ。
私はずっと、回りから愛され、支えられて生きてきたことを。

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コメント(1件)

  •  BCJIJIさん、こんにちは+お邪魔いたします。

     「してあげたことは忘れなさい、そして、してもらったことは一生覚えておきなさい」

     こんな言葉を仰るお母様は素敵ですね。とても深くて、そうありたいと思いながらなかなかできない、至らないわたしです。

     娘はまだ小さいながらもわたしと違う人格としっかり好みがあることから、ある程度距離を持って、かえって親としての情が足りないのではないかと申し訳なく思うほど、自由に飛び立っていってほしいと願うばかりですが、実母との関係はなかなかそうはいかず課題が多いです。

     コロナの影響が早く落ち着いて、あの頃は大変だったと笑える日が来るといいですね。そして、お母様のところにも自由に行き来できるようになるとBCJIJIさんも安心できますね。

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    • 更新する

    2021/2/17 12:06

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    ☆夢ニ☆さま

    コメントありがとうございます。
    温かいお言葉、胸にしみます。

    血縁、特に母と娘、姉妹という関係は同性故に良くも悪くも程々の距離感が必要かもしれません。
    歳を重ね、それぞれを取り巻く環境は変化するのに、心は一緒に暮らしていた頃のままでいるわけには行かず、時として行き違うこともある。

    …難しいですね。

    私はいつも、目の前にあることのみに意識を向けるようにしていますが、やっぱり家族には歴史があり、思い出がある。
    その中で「もらった幸せ」だけを思い出すことで、やっと出口を見つけられた気がします。

    コスメと無関係の、つれづれな気持ちを吐き出すだけのブログに、☆夢ニ☆さまのように寄り添って頂ける存在が、とても有り難いです。

    寒い日もあと少し、春の足音が聞こえるまで、どうかご自愛下さいね。

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    • 更新する

    2021/2/17 15:48

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