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ライオンズは北九州にあり!

ライオンズは北九州にあり!

私がリコーダーと同じくらい、人生の支えとなっているのが「ラジオ」。
福岡のラジオ局はどうしてもホークスという言葉が耳に飛び込んできて
滅入ってきて、ついついライオンズナイターを聞いてしまう私です 笑
在京キー局は、単に面白いだけでなく、しっかりニュースを伝えるだけ
でなく、テレビでは報道されない核心に本音で批判を恐れずしっかり
物申してるところにも凄く惹かれました。
大きな声では言えませんが、ちゃんとAndroidでアプリがダウンロード
できるようになっていて、アプリガイドなどの本にしっかり記載されて
いるので、全国好きなラジオ局が聞ける「Raziko」、重宝してます。
そんなわけで、ライオンズナイターをいつも楽しく聞いてる訳ですが、
ここに異色の、凄いアナウンサー斉藤一美さんがいます。
実は、凄くアナウンスの勉強にもなるのです。その話の前に…



そもそも、福岡でライオンズを応援しているというと、
鷹にとっての宿敵ということもあって、福岡にあるまじき人間、
いわば「非国民」扱いされ、ライオンズを応援したいならとっとと
福岡から出ていけ!埼玉に住め!と何度なじられたかわかりません。
これまで書いてきたように、球場で三度も襲われましたし、
にっくきライオンズファンと同じ空気吸うのすら腹が立つとまで
言われました。まぁ、隠れキリシタンですから、
弾圧されて当たり前の身分なんですけどね。


ただ、最近調べたらとあることを発見してしまったのです。
実は、ライオンズは北九州にあり!なのです。
ご存知ですか?ライオンズは今や埼玉西武ライオンズですが、
ライオンズが勝利すると必ず歌われる凱歌が「炭坑節」であることを。
本拠地埼玉で夜な夜な「筑豊炭鉱の~」と歌われているのです。
ライオンズ勝利に必ず歌われるので、
もしかしたら福岡で炭坑節が歌われる頻度より多いかもしれません。


ライオンズのルーツはご存知、西鉄ライオンズ。
本拠地は平和台、福岡市。

しかし、経営母体の西日本鉄道は、小倉を本社にする九州電気軌道が
核なんです。経営難に陥っていた大牟田鉄道らを買収した西日本鉄道。
統合によって赤字部門のてこ入れの必要から福岡市に本社を移したけど、
精神的には九州電気軌道の色が濃かったため、北九州・筑豊の企業
という意識が強かったそうです。
そんな西鉄がプロ野球球団を持つことになった。

本来ならば、西日本最大の大都会で、前身母体の本拠でもあった北九州
地区に本拠を置くのが自然の流れだったけど、赤字が続く福岡地区の
需要を増やすため、また、戦後権限が増大した県庁との連携を図る
ためという理由で福岡市の平和台球場になったのだとか。
とはいえ、球団の需要を支える上でも北九州地区での興行が重要だった
ため、小倉球場での試合も非常に多かったそうです。

とまあそんなことで、西鉄ライオンズは、どこまでも北九州・筑豊
気質が表に出た球団、福岡市が本拠だけど、北九州・筑豊地区の影響を
もろに受けた独特な球団だったそうな。
「良いプレーには拍手、悪いプレーには鉄槌」の北九州・筑豊気質が
西鉄ライオンズを強くし、神様仏様稲尾様の誕生、野武士軍団と呼ばれ、
黄金時代を迎えたのです。

 そんなとき、勝利の凱歌として採用されたのが「炭坑節」でした。
「炭坑節」は、日本産業を象徴する歌、いわば北九州・筑豊の聖歌。
北九州・筑豊地区の球団ならではの凱歌であって、
この凱歌はライオンズにしか似合わない。
まさに今に至るライオンズ栄光の象徴と言えるわけです。

その後、「黒い霧事件」があり、ライオンズは衰弱していきます。
さらに悪いことは重なり、石炭から石油の時代にとってかわり、
北九州・筑豊地区は停滞、その一方で福岡地区はぐんぐん
成長していきます。

こうなると、北九州・筑豊の球団であるライオンズはむしろ邪魔に
なってしまった…。
しかも、ライオンズはもともと福岡市とそりが合わなかった。
そんなわけで福岡市から追い出され、時代をときめく埼玉の大富豪
の傘下に収められることになったというわけです。

よく、ライオンズは福岡を見捨てた、裏切り者と言われますが、
実は、悲しいかな、ライオンズは福岡市に捨てられてしまった…。

北九州・筑豊と福岡市の間に確執みたいなものがあったのかなと
思ってしまいたくもなります。
ライオンズが北九州・筑豊の象徴的存在だったゆえに福岡市と
そりが合わなかった…。

黒ダイヤと言われ、日本の戦後復興を牽引した北九州・筑豊地区の
象徴の球団が、世界一の経済大国になっていく日本のバブルを牽引
していく黒幕の球団になる。
ライオンズは日本という国のあゆみの縮図のような球団
なのかもしれません。

その名残を今に伝えるのが炭坑節なのです。
福岡から遠く離れた埼玉は西武ドームに勝利の花火と共に響き渡るのは、
筑豊炭鉱の~の炭坑節なのです。
埼玉西武ライオンズになっても北九州・筑豊の象徴だったDNAは
今にもしっかり受け継がれています。


私がビジター観戦にヤフオクドームに行った時、胸ぐらつかまれて
さんざんでしたが、それでも嬉しかったのが、ライオンズが勝利し、
足早に引き揚げるホークスファンを横目に、ライオンズの応援団が
輪を作って高らかに炭坑節を歌いあげました。
私もこのとき一緒に歌いました。
埼玉西武ライオンズではあるけど、一緒に炭坑節を歌っていると、
特に、西武ドームに観戦に行ったときに、埼玉で高らかに炭坑節を
一緒に歌っていると、ライオンズは少なくとも私の中では、
今でも北九州の球団です…。


それを見たホークスファンの一言、

「福岡の歌をなぜ埼玉のチームが歌いよるん?おかしいやん!」

とくと教えてあげなきゃいけませんね。
埼玉西武ライオンズが、実はいかに福岡を、北九州・筑豊を
リスペクトしているかを…。

私が子供の頃、北九州はダイエーホークスがありながら、
ライオンズ一色でした。どうかすると、西武がダイエーを破ったぁと、
狂喜乱舞し、さすがにホークスは地元福岡のチームなのにいいのかなと
心配するほどでした。でも、北九州のライオンズ熱は、
北九州にプリンスホテル、そごうなど西武系のお店が多かったから
だけではなかったのですね。

時は流れ、そんな北九州にもホークスが浸食(苦笑)
今やライオンズファンは弾圧されて当然の隠れキリシタン扱いです。
教えてあげたいなぁ。
実はライオンズは今も勝利の凱歌が炭坑節で、
しっかりと北九州・筑豊の血が流れていることを…。

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