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クチコミ
夕暮れのセヴィリア市街を見渡せる小高い丘で、女は男に背中から抱きしめられたまま、黄昏の光を見つめた。
オレンジフラワーの白い花が頭上で咲き乱れている。眼下をセマナ・サンタの聖行列のパソ(山車)が行く。
あさ黒い腕にそっと力をこめて、男が女の耳元で囁く。タバコとワインと動物の匂いが女の鼻をかすめる。遠くで楽隊の荘厳な音楽が鳴り響いている。女は敬虔な祈りを心に抱きながら、同時にセンシュアルな高揚感に包まれる。首筋に男の端正な鼻が触れたのを感じて、目を閉じる。一陣の風が過ぎ、オレンジの木の葉をざわざわと揺らす。オレンジフラワーの蜜の香りが漂っている。女の心がさわさわと揺れる。淡いオレンジの光が二人を照らしている。
セヴィリアの夕暮れ。
ラルチザンのセヴィーヤローブ(セヴィリアの夜明け)は、濃厚で甘く、心をとろけさせるような香りだ。オレンジフラワーにインセンスを取り合わせたこの美しい橙色の液体は、鬼才ベルトラン・ドゥショフールが、友人である女流作家デニス・ボーリューのめくるめく恋物語を聞きながらインスピレーションをふくらませて作ったという。彼女の著書“The Perfume Lover”には、彼女がセヴィリアを訪れたときに出会った若いスペイン人の男との情熱的な恋の様子や、それをモチーフにベルトランが香水を制作していった過程が描かれている。その中に、次のようなニュアンスの文章がある。
『その香りは私に彼を思い出させ、「祈りましょう」と言いたくなると同時に「下着を脱がせて」と言いたくなるような気分にさせる』
恋物語と言えば聞こえはいいが、かなりセクシャルな表現も散見されるから、旅先でのラブアフェアーともとれる。それにしても、彼女をしてそう言わしめたセヴィーヤローブとはどんな香りかと言うと。
トップは、オレンジフラワーのふくよかな香りに、少しスモーキーなインセンスの香りが、濃厚な甘さとともに広がる。一瞬、ルタンスのフルール・ド・ランジェにも似た雰囲気。世界に誇る巨大なカテドラル(大聖堂)で焚くお香、そして町全体に植えられたオレンジの木々を思わせる、セヴィリアの歴史と文化を表したかのようなオープニング。
3分後、スッキリした青い香りと白いフローラルの饗宴となる。青っぽい香りは清涼感を伴うラベンダー、あるいはプチグレンのように感じられる。スペイン人が好んで使うラベンダーコロンをあしらったという解説もあるから、オレンジフラワーが咲きほこるセヴィリアの街で、スペイン人の男と出会ったドラマティックなシーンを描いたような印象。
やがて香りが落ち着きミドルになると、オレンジフラワーのしっとりした香りが、ジャスミンやマグノリアといった他の白い花とのミックスで妖艶なフローラルになっていること、インドールの苦みがそれを影で支えていること、そして、ツヤのあるワックス様の匂いが、全体にまろやかなベールをかけていることが分かってくる。このワックス様の匂いは蜜蝋を表すアルデハイドの一種だろう。厳かな太鼓やトランペットの響き、それに合わせて街中を進む聖行列のパソ。金の台座上のマリア像やキリスト像の周りには、おびただしい数の長いキャンドルに火が灯っている。その匂い。
1時間もするとラストの香りになる。それは、フローラルが去った後の、ややスモーキーでこってり甘いベンゾインのノート。ヴァニラを焦がしたように温かく、気だるく、狂おしいラストだ。それが3〜4時間ほど続く。つける場所によっては、白い花のブーケの残香にインドールの苦みとベンゾインが絡み合ったまま、心地よいフェードアウトとなる。さながら祭りの後の寂しさを優しく包みこむかのように。
全体に香りが濃厚なだけに、付け方やTPOには注意が必要な類だと思う。夏以外のシーズンがきれいに香るだろう。ドラマティックな香りの変化に浸りたい、ロマンティックな気分で過ごしたいときに、よい夢を見せてくれる香りだと思う。
夕日が沈み、祭りが佳境に入る頃、女はベッドの上で自身の内と外に感応し、その対比にはからずも官能する。白い肌に重なるあさ黒い肌。窓外で続く厳粛な聖祭、二人が求め合うセンシュアルな儀式。遠く聞こえる楽隊の音楽、耳元で聴く男の吐息。明け方まで続く町の喧騒、やがて一人迎える夜の静寂。
女は薄いまどろみから目覚め、安らかな寝息をたてる男の腕をすり抜け、体を起こす。そして知る。カテドラルに全てのパソが入り、祭りが佳境をこえたことを。街の灯りが消え、あたりが深い闇に包まれていることを。
やがて女は見る。窓の外、天蓋の群青を侵食するかのように地平から赤く染まり始めた空を。女は男に裸の背中を向けたまま、一人、あかつきの光を見つめた。
セヴィリアの夜明け。
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