エルメス / イリス オードトワレ ナチュラルスプレー 口コミ

アットコスメ > エルメス > イリス オードトワレ ナチュラルスプレー > 口コミ一覧 > doggyhonzawaさんの口コミ

クチコミ

クチコミ383件中 7件目を表示

doggyhonzawaさん
doggyhonzawaさん500人以上のメンバーにお気に入り登録されています認証済

5購入品

2018/3/3 23:48:02

その男に誘われたとき、女の心に紫のインクが一滴こぼれた。あ、どうしよう。答える暇を与えず、男は隣のスツールから腰を上げ、ホテル最上階のバーカウンターから去っていった。先ほど部屋番号のついたカードキーを渡され、耳元で囁かれた言葉が、さながら呪縛のように女の心に反すうしていた。「下の部屋で待ってるよ」

エルメスのイリス・オードトワレは、美しくてせつない香りがする。はかなさと脆さと、そしてどこか哀しげなニュアンスの強いフレグランス。まるで禁じられた恋を今も心のどこかで引きずっているような。

1999年、オリヴィア・ジャコベッティ作。ラルチザンのジング!やプルミエ・フィグエなどで知られる彼女の比較的初期の作品。その名の通り、イリスの香りをフィーチャーしていて、珍しくシングルノートのような雰囲気。他の香料とミックスした際に、それらの上にパウダリーでふんわりとした柔らかさと、バイオレットのような暗い香気をまとわせるタイプの使われ方が多いイリスをメインに引き立てようとした意欲作。

とはいえ、アイリス(イリス、オリスも同義)の天然香料であれば最も高価な香料と言われ、シャネルあたりでないとふんだんには使えないほどの代物。ここで使われているのは、どうやらイリスの人工香料であるイロンのようだ。それでも他の人工香料よりはずっと高価だと聞くけれど。

そんなエルメスのイリスをスプレーすると、トップは苦みのあるツンとした香りが広がってくる。一瞬、パチュリの墨っぽさかなと思うような土っぽいウッディな香りだ。だが、クレジットを見ても特に書いていない。アーモンド系のギリギリした苦みとカルダモンのほんのりスパイシーな感じか。柑橘が一切香らないトップはなぜか潔くも感じられる。

やがて2分もすると、澱粉のような粉系のベールとともに、わずかに暗いバイオレット系の香りがしてくる。淡いけれど、カーネーションのスパイシーフローラルも同時に香っている。クローブがほんのりという印象。このパウダリー&わずかなバイオレットが、イロンの香りだろう。シャネル19番のなめらかで上質なイリスとは違って、どこか一本調子な紫色の香りが続いていく。優しくて、それでもわずかに冷めているパウダリー。

ミドルが2時間ほど続くと、かなり香りが薄れてくる。ラストに残るのは、一段階明るさを増した粉っぽい香りと、どこかインセンスを思わせるウッディ系の低いニュアンスだ。全体に合成香料を多く使用していて、香りの変化はあまり感じられない。女性らしい柔らかさと穏やかさが表現されていて好ましく、甘さや爽やかさはほとんど感じられないタイプのフレグランスだ。体温高めの方だと持続時間は2時間程度で、かなりウッディな低い香りが出やすい。ムエットにつけると柔らかいバイオレット系の粉っぽさがずっと続くので、体温低めの女性はアイリスの香りがきれいに出て使いやすいだろう。

全体に、どこかもの悲しい陰のある香りといった印象が強く、静かでひかえめ、まろやかで優しい雰囲気。人一倍感受性が豊かで、それゆえに自分から相手のプライベートゾーンに入っていけないようなパーソナリティーを思い浮かべる。一見快活で誰にでもオープンに開いているように見える方にも、そんな自分はいるものだ。だから、自分の中の鬱や陰、傷といった部分が前面に出てきそうなとき、こんな内省的な香りがそばにあると、安定剤のように守ってくれそうな気がする。

女はひとしきり考えた。それでも答えが定まらず、カードキーをそっとバッグに入れてスツールから降りた。バーを出る前に、窓の外に広がるビル群の夜景を見つめた。男は直属の上司、そして彼の妻は元先輩だ。心の中に落ちたインクは、紫色の沁みになって深い憂いをたたえて広がっていた。女はバーを出て、トーンの落ちたベージュ色のカーペットの上を歩き始める。エレベーターホールまでのわずかな時間、女の足が不規則に進む。押すのは15階か、それとも1階か。

下向きのボタンが光り、目の前のエレベーターが到着を告げる。左右にドアが開く。女はゆっくりと乗りこむ。その瞬間、仕事終わりにつけたイリスの香りが不意に鼻をかすめた。女神イリスの逸話をぼんやりと思う。

ゼウスの妻、ヘラに仕えていた侍女イリス。彼女はゼウスに何度も求愛されたが断り続け、遂にヘラに「どこか遠くへ行かせてほしい」と頼み、虹の女神となって彼らの元を去ったという。

眼前でドアがゆっくりと閉じていく。女は一瞬バーで見た夜景を思い出す。目を閉じて微笑む。そして女の白い指が、行き先を示すボタンを押した。

  • イリスと紫のインク by doggyhonzawaさん
  • エルメス イリス オードトワレ by doggyhonzawaさん
使用した商品
  • 現品
  • 購入品

doggyhonzawaさんのクチコミをもっとみる

同じおすすめ度のクチコミ

しーしーりりかさん しーしーりりかさん 初めてこの香りを経験した時には、何の香りかよくわかりませんで…続きを読む

エルメスについて

メーカー関係者の皆様へ

より多くの方に商品やブランドの魅力を伝えるために、情報掲載を希望されるメーカー様はぜひこちらをご覧ください。詳細はこちら

イリス オードトワレ ナチュラルスプレーページの先頭へ