ディオール / ファーレンハイト オードゥ トワレ 口コミ

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doggyhonzawaさん
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5購入品

2016/1/4 17:08:45

青い夜明け、吐息の白い朝、ガレージのシャッターを開けて、バイクのイグニッションにキーを差しこむ。チョークレバーを少し引き、FUELコックをONにする。「かかってくれよ」そう願いながら、セルを回す。

キュキュキュ、ドルン! ドゥルドゥル、ドゥルドゥル、ドゥルドゥル・・・

かかった。鉄の馬に命が宿る。冬のバイクはエンジンがかかりにくい。冷たいガスタンクに手をあてながら、シートをまたいで腰を下ろす。その重みでゆったり沈みこむボディー。チャプン!とガソリンの揺れる音。その瞬間、俺の心も揺れる。

ディオールのファーレンハイトをつけるたび、バイクでどこか遠くへ行きたくなる。だが、それは明確な場所ではない。例えるなら、地平線へ向かう一本道の彼方、オレンジの夕焼けと黒い山々のシルエットの境界、ピリオドの向こう(←それはやめろ)

ファーレンハイトは、1988年、ジャン・ルイ・シュザック、モーリス・ロジェらによって作られたウッディ系のメンズ・フレグランスだ。現在流通しているのは、EUの香料規制問題に対応すべく、フランソワ・ドゥマシーによってリファインされた物で、オリジナルと比べると、重厚さとアクの強さは薄れたが、唯一無二とも言える香りの骨格じたいは継承しているように思う。

ファーレンハイトのトップは、複雑で驚きに満ちている。それは、暗く青いガスの香りがする。あるいは、揮発するガソリンやオイルの匂い、ウィスキーをこぼした革ジャンのような匂い。そこに青臭いグリーンな香りと、けぶった木の香りが入り混じり、クラクラしそうなほど強く主張する。

やがてミドルになると、バイオレットリーフの冷たく青いガスの香りが消え、温かみのあるスモーキーなウッディが強くなってくる。アルコールが染みわたったオーク樽のように、人を酔わせるような芳醇なウッディ。青かった炎がオレンジになったような雰囲気。高いところで、なめした革のようなくすんだ香りもしてくる。

そして、長いミドルから、あまり変化のないラストへ。ほんのり甘いアンバーやムスクが感じられつつも、バイオレットリーフの暗い清涼感、スモーキーなバーチタール様の香り、レザーの埃っぽさを残しながらドライダウン。ミドルの雰囲気そのままにフェードアウトしていく印象。

付けてから8時間以上も香り、持続性は長め。トップの香り立ちが強烈かつ複雑なので、付けたてで「あ!無理!」と言う人も少なくないと聞く。同じシュザック調香のデューン同様、トップで好きか嫌いかはっきり分かれることが多い香りだと思う。

全体で見ると、トップの冷たい青臭いグリーン香が、どんどん温かくスモーキーなウッディ&レザーに変化していくが、終始ベースのベチバーやパチョリの香りが感じられるので、アーシーさを保ったまま温度が高くなっていくイメージだ。まさに、氷点から沸点へ。青から赤へと燃えさかる心の炎のよう。

ファーレンハイトの名の由来は、温度単位の「華氏」であることは有名だ。華氏(ファーレンハイト度)は、摂氏(セルシウス度)と異なり、人間の通常の体温を約100度ととらえ、そこから身の回りの温度を規定する考え方だ。こうすることで、摂氏のようにマイナス表示はなくなり、どんなに低い体感温度でも、必ず0度以上のプラス表示になるというメリットがある。

つまり、「自分中心に世界の温度を規定する」という考え方だ。

そんな「自分中心の温度感覚でいい」という孤高な意識が、この香りにも込められているように思う。ディオールによると、この香りは、庭に放置されていた香水樽が発酵し、漂い始めた芳香を再現すべく生まれたという。いわば、ウィスキーなどの熟成香の一種だろう。その類まれな揮発ガスの危険な香り、それは、本物のよさを知る者たちにだけ理解してもらえればそれでいい、そうした作り手の自分感覚の潔さが感じられる作品だ。

強さと激しさ、大人の懐の広さを感じさせると同時に、どこか寂しさや暗さ、怜悧さをも感じさせる、かなりメンズ寄りの香りだ。この香りをつけこなしていて似合う男は、日本にはなかなかいないかもしれない。なぜなら、香りがつける者を選ぶタイプの気難しい荒馬だから。

朝焼けの赤光。機嫌よく吹け上がった鉄馬のいななき。メットの中の孤独な息遣い。革ジャンの胸元から立ちのぼる、すみれ色のファーレンハイトの香り。さあ、行こうか。

「ガソリンの香りがしてる その中に落ちていた人形が マッチ売りの少女に見える
 淋しさだとか優しさだとか ぬくもりだとか言うけれど そんな言葉に興味はないぜ 
 ただ鉄の塊にまたがって 揺らしてるだけ 自分の命揺らしてるだけ」
 (THE BLANKEY JET CITY「ガソリンの揺れかた」)

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