セルジュ・ルタンス / Fille en aiguilles(松林の少女) 口コミ

この香りについての口コミを読んでいて感激。手のひらにすっぽり収まる小さな瓶の液体が、こんなに多様な感情や情景を思い起こさせるのは、なんて素敵なことだろうと思った。口コミに夏の香りと書いている人が多かったので、是非日本を夏に訪れて松林を歩きながら深呼吸してみたい。

海外の口コミは圧倒的に冬、特にクリスマスを思い起こさせるというものが多く、私も自分の体験からクリスマスを連想する。

ニューヨークでは11月の終わりごろからクリスマスツリーが道端で売られているのをあちこちで見かける。都会の雑踏と澱んだ空気も、そこだけ爽やかに澄み切っているような、切ったばかりのモミの木のくすんだ深緑色の香り。サイズ、枝振り、色合い...お気に入りの木を探して購入し、後でお店のマッチョなお兄さん達に家まで配達してもらう。

家にやってきたクリスマスツリーを子供たちが思い思いに飾り付ける。暖炉に焚べられた木が燃えていて、煙が煙突を上がっていく。お母さんが何ヶ月も洋酒につけていたドライフルーツを贅沢にいれたケーキを焼いている。クリスマスイブまで熟成させてから食べるのが楽しみ。カレンダーに印をつけてクリスマスまでカウントダウンをし、今は空っぽの靴下にサンタクロースがこっそり入れてくれるプレゼントを夢見る。遠くに行っている学生も社会人もこぞって里帰りする。日本のようなお祭り騒ぎではなく、クリスマスイブは家族で過ごす神聖な夜。神様に祈ったあとご馳走を囲んで会話を楽しむ。モミの木の芳香、木が燃えているようなスモーキーな香り、奥底にあるまったりと甘いジャムのようなフルーティな匂い。欧米人にとって松林の少女はノスタルジックなクリスマスの情景。

ホリデーシーズンでこの香りを朝から纏ってウキウキしていたら、しばらく会っていない友人のことを思い出した。彼は物心つくまでクリスマスが12月26日だと本気で思っていた。笑って話してくれたけどその訳が切ない。

ゲットーの子沢山の超絶貧乏家庭に生まれた彼は9人家族で2LDKに住んでいた。クリスマスの翌日、12月26日に天井に届くほど大きなツリーが、魔法のように今まで何もなかった部屋の真ん中に出現する。プレゼント用の靴下の中には、ずっと欲しかったミニカーが入っていて彼は飛び上がって喜んだ。お母さんがご馳走を作ってくれている間に、兄弟と庭で焚き火をして栗を突っ込んで焼けるのを待つ。串に刺したマシュマロも炙って兄弟で奪い合いながら食べる。普通、アメリカの都会の庭で焚き火をすると火事だと間違えられて消防車が出動してくるのだが、そこは本場の筋金入りゲットー、誰も気にしない。みんな同じことやってるから。部屋に戻ると大皿に盛った大きなトリの丸焼き、茹でた野菜、スーパーマーケットで特売していた賞味期限切れ間近で半額になっていた乾燥しかけたパンが待っている。神様に祈りを捧げた後、触ったものは食べろというルールのもと、9人家族が食卓で熱い闘いを繰り広げる。

彼は後で知ったのだが、貧乏すぎてツリーが買えなかった為、お父さんと上のほうのお兄さんたちが26日の朝高級住宅街に行き、クリスマスが終わってさっさと捨てられていたツリーの中で一番大きくていいものを担いで家まで持ってきてくれていたのだ。大人になった今よく見てみると、プレゼントのミニカーも形が歪んでたのをペンチで直したような跡があり、塗料の色も初めておもちゃ工場に来た人が塗ったかのようにムラがあった。それでもそんな風にクリスマスを毎年過ごせて心から幸せだと思った。今は12月初めにツリーを運んで来てくれた配達員にチップを弾んでやれる身分になったけどね、と友人は笑って話してくれた。

突然出没した、少しだけ元気が残っているおさがりのクリスマスツリー。ゲットーの庭の焚き火の煙。仲良く兄弟喧嘩しながら食べる焼き栗と炙ったマシュマロ。それも松林の少女の香りのクリスマス。

色々な人の様々な想いをのせて今年もクリスマスがやってくる。私はキリスト教徒ではないけれど、クリスマスは優しい気持ちになれる日。松林の少女は抱きしめたくなるようなクリスマスの思い出を連れて来る。

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