シャネル / レ ゼクスクルジフ オードゥ コローニュ オードゥ トワレット(ヴァポリザター) 口コミ

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doggyhonzawaさん
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6購入品

2014/11/14 21:25:06

ホテルのティーラウンジは、客がまばらだった。小さな丸テーブルには、朝食後のアメリカンコーヒーの湯気が漂っている。

スマホの画面を見つめる。指で軽くスワイプすると、1枚の写真が画面に広がった。昨夜、上の部屋のラナイから撮った街の夜景だ。遠くに都会のビル群を望み、ブルーグラデーションの夕闇にイルミネーションがともり始めている。ひしめき合う建物の連なりの合間に、街路樹が黒いシルエットになって立ち並んでいる。

昨晩、この夜景を前に、彼女を抱きしめた。けれど、その手をそっとすり抜け、彼女の髪が夜風になびいた。

アメリカンを口に運びながら、ふっと一息つく。スーツの内ポケットからアトマイザーを取り出し、テーブル下で左手首にそっと吹き付ける。

シャネル、レ・ゼクスクルジフ、オードゥ・コローニュ。

昨晩の倦怠を溶かすような、美しいシトラスが鼻をくすぐる。そして一瞬、トンカビーンのクリーミーな香りと、刺激的なムスクがシトラスの下から顔をのぞかせる。それは、昨夜彼女の髪からふわりと漂ったエキゾティックな香りを思わせ、ドキリとする。

「ごめんね。」

いいんだ、わかってる、と答える代わりに、俺はロバート・デ・ニーロのような笑顔でうなずいた。困ったような、寂しそうな、それでいて得心したかのような作り笑顔。

スマホの画面いっぱいに広がる夜景は、地上に星々を散りばめたように美しかった。そのブルーがせつなくて、画面をもう一度スワイプした。

夜景と入れ替わりでスライドしてきたのは、夕暮れの空の下に広がる、こんもりとした木々の黒いシルエット。昨日の夕刻、ホテルの中庭で撮った写真だ。肌寒い風。小路を照らすガーデンライトの黄色い光。横を歩く彼女の笑顔。柔らかく揺れるウェーブ。それらが眼前に明滅する。

彼女の白いコートからは、まろやかなオレンジフラワーの香りが漂っていた。それは彼女自身が抱えてしまっている不安やいらだち、悲しみをいやすためのネロリの優しげなヴェール。手をつなぐことも、肩を寄せ合うこともせず、2人は日本庭園の森を、静かな距離を保ちながら並んで歩いた。

左手首のシトラス香が、美しいオレンジ水の香りに変わり始める。青くすっきりしたプチグレンと、ビターオレンジフラワーのふくよかな香り。それは、昨日の夕刻、二人の前に広がっていた、ブラッドオレンジの残照をそこはかとなく思い起こさせた。

坂道に面したラウンジ外の景色を見つめる。朝の光が、オープンテラスに張り出した斜めの白屋根を透かして目にまばゆい。行きかう通勤通学の人の姿が、遠い異国の風景のように、ラウンジの窓のスクリーンに流れてゆく。

昨日の午後もこうして窓の外を見つめていた。秋の午後の日差し。色づいた葉をまだ残している街路樹。それらに目を細めながら、彼女を待っていたのがこの席だった。

「紅茶と、それからパンケーキで。」

白い丸テーブル。ちょうど斜め向かいの席に座り、オーダーをしたときの彼女の声。美しい横顔。彼女がポットから紅茶をカップに注ぐたび、淡いレモンの香りと香ばしい茶の香りが漂った。パンケーキのまろやかでコクのあるバターの香りが、時間を甘く溶かしていた。途切れない会話。笑顔。午後の日差し。時間と香りが、たゆたうように流れていた。

白いカップを口に運ぶ。アメリカンコーヒーはすでにぬるびていた。残ったコーヒーを飲み干して、ソーサーにカップを置いた。カチャリと小気味よい音がした。左手の香りはすでに淡く、今にも消え入りそうなムスクとプチグレンの残香を放っている。もうラストか。

たった30分しかこの香りは夢を見せてくれない。けれど、それはあまりに美しい夢のビーズのかけら。つむぐためにワイヤーを通すこともためらうほどに優しく、はかなく、淡く輝き続けるオレンジの夢。

その寂しさに少し苦笑いする。まるでどこまでもとらえることができない彼女のような香り。追いかけるとするりと手の内から消え、少し離れたところで悪戯っぽく笑っている。太陽をたくさん浴びたひまわり畑の向こう、オレンジの風に吹かれて。こっちへおいでと、手招きしながら。

スマホを胸ポケットにしまい、チェックを手に取って立ち上がる。まるで昨日の一日が夢でもあったかのように、ほのかにアロマティックな香りが鼻をかすめる。

きっと寂しいのは、今日彼女が隣にいないことではない。刹那な香りとともに、面影がうすれていくことでもない。それはまた一つ、秘密を心に沈めたからに相違なかった。

白いティーラウンジ。窓から斜めに差す朝日。ネロリの穏やかな甘さ。オードゥ・コローニュが見せた白日夢。

そして、美しい朝の光の中へ。
真新しい孤独を連れて。

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